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2007年2月

番外:東京マラソン《後日談》

相方と会ったので、東京マラソンの感想を聞いてみた。

走り出して間もなく、新宿の大ガードをくぐり靖国通りを走り始めた。
ガード付近から、溢れんばかりの沿道の応援者が出ていた。
この人たちは、一体どこから沸いてきたんだ?
そんな風に思いながら、声援を受けながら走っていた。

『 その応援にナ、「ありがとうございます!」って返すと、
  うわぁ~っていう声援と一緒に手を振って
  
返してくれるんだよ。
  それが、ずーっとな、続いてて、すごいんだよ。 』

と、興奮気味に話す相方は、
目が潤んで、涙声になっていた。

・・・感動しぃ だから。  涙もろいし。

『 浅草なんて、すごかったぜ。
  「あなた、いつもマラソンの応援してるんですか?」
  っていうくらいに、ものすごい応援なんだよ。   』

・・・はい、私はいつも応援してます。
  もう、声を出すのは恥ずかしくないです。

『 つまり、感動したってこと?』と尋ねると、

『 感動したさ~!!!』

どうやら、苦しかった事、冷たかったこと、ひもじかった事は、筋肉痛の痛みとともに消えていったらしい。
今の時点では、再挑戦は考えさせてと答えるが、まんざらでもないらしい。
大変では当たったけれど、収穫も大きかったといえそうだ。

【本当に良かったのか、東京マラソン】の中で、
給食が足りなかった事、役員の?発言 などの問題点を取り上げたが、やはりそこは見過ごしてはいけないと思う。
すばらしい大会であったなと、私も思うが、これは見過ごしてはいけないと思う。

相方から聞いた、もうひとつの話。

どこかの折り返しの地点で、反対車線のエイドをみて、真ん中の仕切り線を越えて食べ物を分けてもらいに行きたい衝動に駆られたそうだ。
思い切って行ってしまおうか?
でも、そうしたら審判員に止められるだろうし。
でも、もう耐え切れないくらい空腹で辛くなっている。
止められてもいいから、行ってしまおうか?

そんな葛藤のまま走って(歩いて?)いた時に、目の前を歩いていた若いお嬢さん(相方曰く、25歳前後かと思われる)が、ふらふらになって、蛇行して歩いていた。
そして、近くの役員に近づいて行って、
『 もうこれ以上はダメなので、終わりにしたいのですが・・・』
と、申し出たところ、
『 200m先に、救護所があるので、そこまで行って伝えてください。』
と言われたそうだ。
それを間近で見ていたらしい。

『 もうこれ以上はダメだって言ってるんだよ。
  それなのに、あと200m先まで自分で行って。
  そんなのってあるか?って思ったよ。   』

この話の時の相方は、給食が何もなかったときの話と、大会役員に『ダメじゃないか!』と言われたときの話をするときよりも、語気が強かった。

タイムアウトとなって、バスに収容されてゴールへ着く。
荷物を受け取り、着替えて帰る段階になって、周りの人と自分との違いに気づいた。
・・・自分には、完走メダルがない。

『 みんながメダルを下げているのが、
  自慢げに見えるんだよ。
  ちくしょー!って思ったよ。     』

『 あら、でも、普通の人じゃ乗れない
  
【 はとバス(収容車) 】に乗れたんでしょ?
  それは皆も、羨ましかったと思うよ。  』

そんな話で、2人で笑った。

思うこと、感じ方は、人それぞれ微妙に違うけれど、東京マラソンから受けた感動は、各自が思っていた以上に大きかったようだ。
まさか、最初から、こんな感動的な日になるとは思っていただろうか?
完走できても、できなくても、涙が出るほど嬉しい経験ができるなんて、想像していただろうか?

みんなの感動が冷めないうちに、リサーチして欲しいと思う。
参加者にやさしい大会として、存続してもらうためには、そういうことも必要だと思う。

      来年は、出たいですか?

そうね、時期を少しずらしてくれるなら、考えたいな。

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番外:本当に良かったのか?東京マラソン

東京マラソンが終わって、各方面から色々な意見があり、おおむね成功、と見られているらしい。
世界各地の、大規模マラソン大会にもひけをとらないと評価している識者もいるらしい。

でも、それを判断するのは、参加したランナー、ボランティア、周辺住民、周辺関係者、運営側などなどなど・・・。
色々な方面からの、色々な角度の意見が揃ってからではないだろうか。

応援したものとして言えるのは、確かに市民参加型のマラソン大会として、応援は楽しめた。
ランナーと応援の間を無理にさえぎるような、厳しいルールはなかった。
本当は、ルールはきちんと決められていたのだが、私達が応援していたところの役員が、あまり強くは要求しなかったのだ。
お陰で、ランナーに近い気持ちで応援する事が出来たし、無理な違反を犯さないようにとの心がけもした。
自主性が生きた、というよい面はあったと思う。

ランナーにとっては、楽しいレースだったと答える人は多いだろう。
生憎の悪天候は、誰のせいでもない。
どうにもならない自然の摂理だから、これだけは仕方がない。
でも、一方で、楽しみにしていた給食にありつけず、走りきる原動力を奪われたランナーも、ウチの相方以外にも居たはずだ。

相方に、いくつかの質問をしてみた。

Q:東京マラソンに出たことを良かったと思いますか?
A:はい

Q:東京マラソンにまた出たいと思いますか?
A:いいえ(只今筋肉痛で、はい と言えない)

Q:どんなところが改善されたら、出たいと思いますか?
A:それは、自分の体の問題なので・・・
  体を作って参加しなくちゃね。


Q:東京マラソンの課題は何だと思いますか?
A:食い物だよ、食い物! それが最大の問題!!

やはり、給食が不足したという問題は、簡単に流してはいけない問題だと思う。
世界の大きな大会に目を向ける前に、国内の市民参加型の大会の詳細部分を参考にしなくてはいけなかったのではないだろうか?
参加規程の厳しい大会を参考にしても、参加できるランナーは限られてしまう。
制限時間を短くして、人数を絞るならそれでもいい。
でも、仮にも、市民参加型 と謳うならば、制限時間ギリギリで入ってくるランナーの最後まで補給できる給食を、エイド各所で配れるだけの準備は必要だ。

雨の中のレースで、体温を奪われ、それだけでもエネルギーの補給は大切なのに、半数近くが給食からあぶれたというのは、完全に計算ミスだと思う。

低血糖と侮るなかれ。
低血糖自体の問題ではなく、低血糖により倒れて、二次的に怪我をした人などが出なかったのだろうか?
良くこれで、96%もの人が完走できたと、不思議なくらいだ。

ボランティアは、本当によくがんばっていたと思う。
ごみ拾いから最後の片づけまで、天候の悪条件は同じなのに、よく尽力してくれたと思う。
これは、応援者の側からも頭が下がる。

写真はどうか?
オールスポーツが、NHKの取材に答えたのは、社運がかかった大きな仕事なので、かなり力を入れている、とのことだった。
しかし、ウチの相方が言うには、
『 もうすぐ写真ポイントですよ~。
  ゼッケンを見えるようにしてくださ~い。』
と言われて、ポンチョを捲り上げて走っていても、カメラマンはたった一人。
雨も降っているので、1・2枚撮ると、すぐに建物の下に避難してしまう。
更に、皇居⇔品川 では、風もあった上に、雨をしのげる建物が少なかったので、写真ポイントと言われながら、カメラマンなどいなかった、と。
『 まあ、かなり後ろを走ってるんだから、もうあまりかまってもらえないのは仕方ないよね。』
と、相方は言うが、本当にそうなの?
かまってもらえなくても仕方ないの?
社運をかけた一大行事が、こんな風に終わっちゃうのかと、ちょっと残念。
雨が降ったのは仕方ないけど、でも、かなり力を入れていただろうに。

ン億円を投入し、大手広告代理店が入っての運営だったらしいが、その割に???と思われる部分も多かったのではないか?
第1回目の開催だから、細かいところまで色々目指しても・・・という意見もあるが、では何に焦点を絞るのかが問題だったのではないか。
あくまでも、市民参加型を前面に押し出すなら、本当に市民が参加しやすい状況を作り出すべきだし、経済効果を高めるのが第一目標なら、市民の参加市やすさなどは、二の次になっても仕方がない。

国際レースと一緒に開催するというのもどうなのだろう?
今回のレースは、先々オリンピックの先行レースにもつながってくる大事なレースだ。
そういうレースと、いろんなレベルの市民が参加するレースを、一緒に行おうとするところに、そもそも無理がなかろうか?

時期もどうだろう?
レースの最盛期に、こんな大きな大会が割り込んでしまったら、あちこちのレースに影響が出るのではなかろうか?
実際、青梅マラソンは時期をずらしたし、それでも転院割れしそうなくらい危なかった。

今日の新聞には、時期の見直しも含めて・・・とあったが、今それを言っても、来年に反映されないだろうし。
だって、去年の青梅で、既に今年の東京マラソンの時期と、青梅マラソンが2周早くなることは発表されていたし。
となると、1年前には運営の大枠は決まってくるわけだから。
それに、時期の見直しをするなら、最初から時期をずらしての開催にすればよかったのだ。
なぜ、今年、この時期に割り込みをしなくちゃならなかったのか。
そこが不思議だ。

素人の自分が想像できる事には限りがあるが、きっと色々な条件や制約の中から、どうにか作り出したのが今回の東京マラソンなのだろう。
でも、来年も同じように行われるのなら、私は???だ。

出られなかったことは、やっぱり悔しい。
雨だったら、DNSしたかもしれない、などと言ったりしたが、それでも最後までがんばったランナー達と、同じことができなかったのは残念だ。
走ってみたいかといわれれば、大東京をあちこち回ってフルマラソンというのには、とても憧れる。走ってみたいと思う。
しかし、今のままだったら・・・。
ほかを蹴ってまで挑む意味があるのだろうか?

走りもせずに、色々書いているけれど、本当に色々考えてしまった大会だ。

本当に良かったのか?東京マラソン。

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番外:東京マラソン《終わりに》

【 みんなの知らない 東京マラソン 】

相方が参加したので、その相方を見守る私の眼に映った東京マラソンの一部を、記しておきたいと思う。

申し込みをするとき、完走予想タイムを申告したことを覚えているだろうか?
フルマラソンどころか、ハーフマラソンを完走したことのない我々は、そのタイムをどのくらいにするか、で私は悩んだ。
わかっていることは、私よりも相方のほうが、完走タイムが早いだろう、ということのみ。

制限時間が7時間なので、7時間以上とは書けない。
5キロや10キロのレースの成績から割り出しても、イーブンペースで走れるわけではないので、全く予想がつかない。

仕方がないので、テキトーに書いた。
私は   6時間30分
相方は  6時間00分

6時間の完走予想タイムでは、当然後方からのスタートとなるのは想像がつく。
大会受付で受け取ったゼッケンには、

スタートエリア K

とかかれていた。

皆さんの周りに、Kエリアからスタートした人がいるだろうか?
私の知る限り、相方意外にKエリアからスタートした人は、ムコレンジャー=Ogamanさんのみだ。
しかし、Ogamanさんは走れないランナーではない。
徐々に前へ出て行く走りだ。

しかし、相方は、走れないランナーだ。
Kエリアからスタートしたら、最後尾に近い位置で、ずっと走り続けることになる。
だから、みんなの知らない色々な部分を見てきただろうと思う。

速報でのタイムを見ると、5キロの通過タイムが
53分24秒(ラップ36分00秒)

その後、10キロの通過タイムが
1時間35分02秒(ラップ41分38秒)

15キロの通過タイムが
2時間13分52秒(ラップ38分50秒)

20キロの通過タイムが
3時間01分44秒(ラップ47分52秒)

25キロの通過タイムが
4時間01分53秒(ラップ1時間00分09秒)

30キロの通過タイムが
4時間59分27秒(ラップ57分34秒)

この記録、後でもう一度見直してみていただきたい。

相方に、何が一番苦しかったか聞くと、
『 食い物だよ、食い物! 
  食い物がないんだよ、
        なーんにも!!!』


相方の名誉のために一言付け加えておくと、
相方は 割と 穏やかな話し方をする方である、普段は。
それが、尋ねるや否や、上記のような返答が帰ってきた。

だってさ、バナナ37万本っていう話は、なんだったの?
実はコレ、確かにネットニュースなどで37万本と報道されているのだ。
でも、どうも単位を一桁間違えているようで、今日夕方のニュースでは、3万7000本と言われていた。
たしかに、そうだよな。
37万本は多すぎるだろ。
ついでに、そのニュースの映像を見ると、バナナの皮をむいて、1本を4~5ケにカットして、コンテナに入れたものをドン!と差し出すのだが・・・手際が悪い。
第一、給食エイドだったら、テントを張ってもよさそうなものの、テントもなく、雨ざらし。
皮を放り出さないように、ごみが増えないように、という配慮だったのはわかるが、ランナーが押しかける前の準備の悪さを、たった数秒の映像の中に見てしまった気がする。

じゃ、その3万7000本のバナナはどこへ行っちゃったのか。
相方よりはるか前を走る、はるまさんが、ゴール後に送ってくれたメールには、こうある。

『 寒くて、空腹で泣きそうだった。
  給食、なくなってるんだもん。 』

え゛、4時間半でゴールしたはるまさんが、一度も給食を口にしていない・・・。
だったら、ドンケツ近くを走っている相方に、バナナが回ってくるわけなどない。

給食エイドは、22キロ地点から始まり、4箇所。
この4箇所のすべてで、バナナは配られたはずだ。
ということは、4箇所の合計が3万7000本?

いや、違う。
ゴールでバナナを1本ずつもらっているはずだ。
ココで、仮に2万本確保しているとしたら・・・。
(最後のランナーまでバナナをもらえたかは確認していないから)
残り1万7000本を4箇所で分けたのか?
となると、1箇所当たり、4250本。
それを、1本あたり4ケにカットしたとして、1万7000ケ。
・・・無理だよね。
すべてのランナーの口に入るわけがない。
せいぜい、半分のランナーにだけだ。
一箇所で、参加者全員を上回る数の食糧が用意されなかったら、全員へは届かない。
当たり前じゃないか、そんなこと。
はるまさんのところで、既に何もなかったのも頷ける。

でも、そのことは、今日の報道では、ほとんどと言っていいほど触れられていない。
『 給食が足りないといったこともあったようですが、
  トラブルもなく、終わったようです。        』
そういう報道があった。
しかし、それにすら触れない報道が殆どだった。

更に、相方は、給水ポイントでもこんな事に遭遇している。

空腹感が出始める20キロ地点の給水所で、アミノバリューがなくなっていた。
それ以降の給水所でも、アミノバリューはなく、水だけだったと。

これじゃあ、体力はドンドンなくなって、タイムはドンドン落ちるわけだよね。

確かに、20キロ以降のタイムが、一気に落ちている。
一番空腹感の出てくる時間帯。
だから、20キロを越えて、給食エイドが設置されているのだと思うが、給食どころか弱冠のエネルギー補給につながるスポーツドリンクすらもらえなかったのだ。

その後、浅草方面に歩いていきながら、空腹は更に強まったと言う。
そして、浅草手前で、一人のおばあさん(相方曰く)が、飴玉を配ってくれたと言う。
更に、他にもキャラメルを差し出してくれる、年配の男性もいたという。
両方をもらった相方だが、手がかじかんで、包み紙がはがせずに悪戦していたところ、
『 かりんとう食べなよ。』
という声が聞こえて、それをもらって食べたと言う。

浅草は、なんて人情味のあふれる町なんだろう♪

相方の感想だ。
かりんとうを食べ、もらったチョコレートと飴玉を食べたら、途端に足が元気になったと言う。
それだけで、再度走り出すことが出来たらしい。
甘いものの威力ってすごいな。
相方は、甘いものを馬鹿にしてはならないと思ったそうだ。

魔のデルタ地帯を越え、先ほどのところへ戻ってくると、最初に飴玉を配ってくれたおばあさんが、今度はイチゴを配っていた。
ランナーが群がる。
相方もイチゴをひとつもらって口へ入れた。
『 ああ、こんなに美味しいイチゴって、生まれて初めて♪』
そして、
『 おばあさん、また居てくれて、ありがとうね。』
とお礼を言って、そこからまた走り始めたという。

しかし、そのエネルギーも急場をしのぐものにしかならない。
しばらくしてまた、相方の足は止まり、歩き出したそうだ。

そして、第6関門の30キロ地点の目前で、ロープが張られた。

   TIME OVER

目前でロープが張られ、ああ、収容かと思った相方に、大会役員が言った。

『 ダメじゃないか!!』

え、なんでココで、
    叱られ
なきゃいけないの?

大会役員が言った。
『 なんであと1分、早く走ってこなかったんだよ。
  関門アウトだよ~。                』

相方は、
『 スミマセン。色々とありがとうございました。』
と、大会そのものに対してのお礼のつもりで言い、収容バスに乗り込んだそうだ。

私だったら・・・。
そんな平然としていられたかな?
『 ダメじゃないか!』
のところで、切れたかも知れないな。

ダメじゃないかって、何がダメだっていうのよぉ。
なぜ後1分早く走れないかって、走れない状況だってあるのよぉ。
 私が当事者だったら、そう思っただろうなあ。

前にも書いたが、マラソン大会で歩いているのは、何も走るのがイヤになって歩いているとは限らない。
たった一回の経験ではあるが、私がホノルルでマラソンを経験してわかったこと。
走りたいと思っても、脚が辛くて、体のどこかが辛くて、走りたくても走れない状況というものは、あるのだ。
だから、『がんばれ~』が、応援の言葉として、いいのかどうかはわからない。
がんばっているんだけど、どうにもならないのよ~。
という状況なのかもしれない。
がんばっているんだけど、もうこれ以上がんばれないよ。
という状況なのかもしれない。
走れる人にはわからない、走れないランナーの気持ち、というものがあるのだと思う。

相方の直前を歩いていた2人組みの女性は、目の前にロープを引かれ、呆然としていたそうだ。
『 時間配分間違っちゃった、どうしよう・・・』
と、とても困っていて、収容バスに乗るにも、身動きが取れないほどの動揺の仕方だったそうだ。

『 もういいや。』
と、投げ出して歩いているランナーばかりではない。
がんばったけれど、ギリギリでも何とかしたいと思っていても、思うように行かなかった人が、関門で引っかかっている、という場合もあるのだ。

『 ダメじゃないか!』

と言う前に、もう少し他の言葉は思い当たらなかったのだろうか。
関門は全部で8箇所。
そこで、目前でテープを貼られたという人は、そうは居ないだろう。
(来て見たら、関門閉鎖されていた、という人もいるだろうし)
スタート前から雨に打たれ、走っていても雨風にさらされ、エイドでの給食はなく、スポーツドリンクも枯れ果てて、それでも30キロまで進み続けた市民ランナーに対して、

『 ダメじゃないか!』

以外の言葉を用意するなんて、期待するほうが無理だろうか?
そんな悪条件でも、ココまで辿り着いて、行く手をふさがれた人たちに、
それでも何か、心と体を労わるような言葉が、『ダメじゃないか』の前に出ては来なかったのだろうか?

この役員は、誰ですか?

調べようと思えば、簡単に調べはつくだろうが、そんなことをしたいのではない。
この言葉に表されていること。
給食が不足したこと。
スポーツドリンクもなかったこと。
これらに、運営者側の姿勢が見えた気がする。

すべての人たちが、そうであったとは思わない。
私が聞いたのも、たった一人のランナーの経験だ。
でも、末端の、最後の最後の方で、何とか関門を潜り抜け、ゴールまで到達した人の、その場所場所での経験なんて、聞く事もなければ、世の中に紹介される事もまずないだろう。

相方は、ゴールまで辿り着けなかった。
完走率が96%を越える中、残りの4%弱の中に入ってしまったわけだ。
その、極少数の経験を、走り続ける人たちに、ちょっと知っておいてもらいたい、そう思った。

* * * * * * * * * * * * * * * *

相方は、ゴールできなかった事を、思ったほど悔しく思っているわけではないようだ。
だんだんと脚が辛くなり、持病の腰も気になっていたので、そろそろ収容されないだろうかと、そんなことも少し考えていたらしい。
どのタイミングでリタイアしたら良いか・・・そんなことを考えながら、偶然にもタイムアウトしてしまったらしい。
なので、関門に引っかかった時には、がーん!とショックではあったものの、大きなアクシデントになる前に、終了できて良かったのかも、と思ったらしい。
それが相方を冷静にし、収容の際のお礼の言葉につながったようだ。

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【 東京マラソン 】《オフ会》

午後6時から、神田でオフ会を開いた。
名前がスゴイ。

第1回東京マラソン開催記念 
     
冬のSDオフ会

ながいな~。
今回の参加者は、以下のとおり。

* takaさん(SD管理人さん・新潟より)
* ま さん
* ミーパパさん
* きんぐさん
* ぽり雄さん

* はるまさん
* イノさん
* ふっきぃさん
* りこさん
* みなみさん
* NAさん
* うらままさん

* 海実子

SDオフ会、という名称にはなっているけれど、SD登録者だけを限定しているわけではない。
友達の友達でもOK。
とにかく、マラソンの話を肴に、楽しい時間が過ごせる仲間なら誰でもOKなのだ。

イノさんの宿泊先が神田に決まっていたので、神田駅近くの店を探した。
しかし、サラリーマンの町・神田で、日曜日もやっている店は少ない。
その中で、出来るだけ滞在時間が長く許される店を・・・と思ったら、自然と限られてしまった。
鍋を含むコース料理がウリらしい《然の家》という店に決めた。

このところ、オフ会のたびに、新しい仲間が増える。
仲間が仲間を呼び、輪が広がる、という感じだ。
JogNoteで知り合った仲間や、ブログつながりと言う人もいる。
それでも、みな共通しているのは、走ることに興味を持っていること。
走る仲間とのつながりを大事にしていると言う事。

今回お初となった りこさん とは、先月の新宿シティハーフの時に初めてお会いした。
よく、ま さんの日記に登場する方だ。
実際にお会いしてみたら、小さくてかわいらしい女性だったが、ブログにお邪魔してびっくり!
私の笑のツボにバッチリはまってしまった。

何度かのオフ会に声を掛けさせては頂いたが、なかなか都合が合わずに今回初となったのは、みなみさんだった。
みなみさんは、SD創設の早い時期からの利用者で、実は私なんかよりずっとSD歴が長い。
はるまさんや、ま さんと同じくらいのSD歴だ。

共通の話題が合ったり、事前にネット上での交流があるので、初めてあっても話は弾む。
今日の、マシンガンズのマシンガン度は・・・60%くらいだったかな。
それでも、縦横にマシンガンが飛ぶので、あきれた方もいるかもしれない。
でも、これに懲りずに、これからもお付き合いをお願いしたい。

ご家庭の事情で、応援部隊にもオフ会にも参加できなくなってしまったとだひさん。
今回は残念だったけど、また次があるからね。

今回のメンバーの中で、takaさんは唯一、現在走っていない。
しかし、走る仲間がこれだけ盛り上がり、ずーっとずーっと走る話題だけで盛り上がるので、自分も少し走って、大会にでも参加しようか、と思ったようだ。
いいですね、是非!

なんて、私が走ることを推奨する側になるとは思わなかった。

雨と低い気温の中、走り続けたランナーの皆さんに、
心からお祝いを申し上げたい。
東京マラソンの参加、おめでとうございます。
本当に、お疲れ様でした。

記録には、それぞれの思いがあると思うが、良くても悪くても、これだけの人気の東京マラソンに、ランナーとして参加できたことは、貴重な経験だと思う。
その経験が、ステキな思い出となって、皆さんの心の中に刻まれる事を願うばかりである。
そして、いつも、
Let's Run with a Smile であれば。

ああ、本当に私は、くじ運が悪かったよな。
最後の最後まで、その悔しさだけは、ぬぐいきれずに、東京マラソンの日を終えるのでした。

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番外:東京マラソン《応援編・2》

【 東京マラソン 】《応援編・2》

第一応援ポイントを後にする。
市ヶ谷経由で有楽町線に乗り換え、豊洲へ。
豊洲駅では、ちびっ子とともに下車する人の多さに驚く。
皆同じ目的か?

しかし、ちびっ子の格好が少し変わっている。
皆、カーリーなヘアスタイルで、エクステンションなんかが入っているし。
どうも、どこかでイベントかなにかがあるみたいだ。

今度は、沿道の右側を陣取ろうと出口へ向かうと、今度は、コースとは反対側だという。
ココでは、道路の左車線だけを閉鎖し、コースとなっているというのだ。
そうだよな、ココだったら、新宿ほどランナーの塊にはならないから、両方向閉鎖する必要はないんだよな。

地下を通って反対側へ出る。
歩道橋の上での応援は禁止、ということがわかっていたので、歩道橋近くの沿道のスキマを探して歩く。
しかし、歩けども歩けども、隙間がない。
なぜか、ココでは、既に応援者が大勢集まっていて、沿道を埋め尽くしているのだ。
その理由が、直後のメールでわかった。

とだひさんが送ってくれたメールによると、トップランナー佃大橋通過中。
つまり、トップ集団が近づいてくるために、応援者が集まっていたのだ。
ということは、トップ集団が通過した後は、徐々に人は減るだろう。
そこを狙って沿道に出て行けば良い。

歩道橋から200m先に行ったところに、植え込みの途切れる部分があったので、そのあたりで応援する事にし、スキマが出来ると一人ずつそこに入り込む。
トップ集団の通過時には、人の後ろから覗くような感じだったが、だんだんと人が減り、すぐにコース脇での応援が出来るようになった。

ランナー達は、中央分離帯近くを走る。
なぜなら、目前に緩い右カーブが舞っているので、できるだけロスを減らすには、中央によっていたほうがいいからだ。

男性のランナーばかりが続く中、女性の1番が通過する。
新谷仁美選手だ。
彼女は弱冠19歳のはず。
高校生には参加資格がないので、参加者の中では最も若い部類に入るはずだ。
すぐ後に続くカーブは上り坂となっていたが、その上りも全くスピードが落ちることなく、グングンと登っていった。

その後、女性ランナーはしばらく途切れたが、次に目の前を通り過ぎた女性ランナーは、谷川真理さんだった。
谷川さんはゲストランナーだったためか、背中に【谷川真理】というゼッケンをつけていた。

しばらくして、見覚えのある集団が。
有森さんが再度我々の前に姿を見せたのだ。
新宿では被っていた白いキャップも、もう被っていない。
またも皆で大きな声援を送る。
有森さんは終始笑顔で走り抜けていった。
最後のレース、思い残すことなく走れたのだろうか?
私も有森さんに恩返しを出来たと、ホッと一安心。

やがて、ネオスさんが走ってきた。
赤いシャツとオレンジのアームウォーマーは、本当に目立つ。
我々の前を通りながら、
『 自己ベストでるかも~ 』
と叫びながら、走り抜けていった。
おぉ、この悪天候で自己ベストとは、何ともすばらしい。

途中、隣にピンクの幟の【 走りや 】の応援団の方たちが陣取る。
チアホーンを拭いたり、メガホンで叫んだり、とても賑やかだ。
幟を振り回して応援するので、時々ランナー達が見えなくなったりしたけれど、その向こうにはアミノバリューの応援団もいて、この一体は応援が盛んで賑やかになった。
それが、ランナーにはいい追い風になったのではないかと思う。

その後、仮装ランナーが増えてきた。
仮装ランナーには、そのコスチュームで声を掛けることにしている。
目立とうと思って仮装をしているのだろうから、それに答えなくては。
そう思って、○○ちゃ~ん、がんばって~、と声を掛ける。

そんな中、アンパンマンの仮装ランナーに夢中になって声を掛けていた。
『 アンパンマ~ン、がんばって~! 』
その、アンパンマンに気をとられていて、じれっタイガーさんを見逃しそうになってしまった。
他の仲間の声で、じれさんのが来たのに気づく。
『 じれさーん!! がんばれー!! もう少し!!!』

なんで、アンパンマンと並んで走ってたの?
見逃しそうになっちゃったじゃない。
もしかして、アンパンマンと一緒だったら、見つけられると思ってた?
あとで、じれさんに尋ねてみようと思う。

モトチカさんが通過するときも、ベジーの仲間が見つけてくれた。
うぉ~~~!の突っ込みは、思う存分出来たのだろうか?

知人の殆どが通過した。
まっちさんにも声援が送れたし、はるまさんにも、みなみさんにも、京丸さんにも、岩手から上京したふっきぃさんにも声援を送れた。
ひょんなことから、オカキさんにも気づくことが出来た。
バレリーナは、今回も疲労困憊で走ってきた。
しかし、『 がんばれ!バレリーナ!』の声に、1度だけ舞を見せてくれた。

『 ムコレンジャー、通過した? 』
自分が見逃しても、他の仲間が見逃す事はないだろう。
『 ううん?まだだと思う。 』
FLACさんも心配そうにしている。

コースに少し乗り出して、ランナーを探していると、黄色いタイツスーツが見えた。
ムコレンジャーが来たのだ!

『 ムコレンジャー、がーんばってー!! 』
すると、ムコレンジャーが両手を挙げた。
ハイタッチで送り出す。

ムコレンジャー = Ogamanさんとは面識がないので、実はちょっと恥ずかしかったりしたのだが・・・。
『あの、一番手前にいた、賑やかな人はだれ?』
ベジーのオフ会で、怪しそうに聞かれやしないかと、ちょっと不安だ。

イノさんが、来ない。
少し心配はしていた。
暖かいホノルルのレースで、心臓が痛くなり辛い思いをしている。
今日の悪天候で、心臓はどうだろうか?
途中で具合が悪くなる気配があったら、棄権をしているかも知れない。
そう思いながら、赤いキャップ、ドピンクのロングシャツを探していた。

隣の集団が、施設エイドのようにお菓子を配りだしたので、沿道からコースにはみ出ている。
なので、近寄ってくるランナーが見えないので、私も時々、コースに乗り出して、ランナーを探す。
やがて、見覚えのある、赤いキャップとドピンクのロングシャツの女性が見えた。

『 イノさんが来た!!』 そう叫んで仲間に知らせコースに少し飛び出し、イノさんに大声で叫ぶ。

『 イノさーん! ここ、ここ!! おかえり~!!!!』
イノさんは、走るスピードを上げて近づき、ハイタッチ。
皆とも次々にハイタッチをして、走り抜けていく。

ほぼ、皆を見送った。
流星さんだけを見つけることができなかった。
ミーパパに確認しても、見つけられなかったと言うし、それが残念。

さまりすさんが、
『 ウチの仲間は皆通過したけど、他には誰かいる? 』
と聞かれて、
『 いや、実は、ウチの相方が・・・』 
と言うと、
『 えぇ~っ!そんな話、聞いてないよ~。』
はい。その話をしたときには、まだ、さまりすさんは到着していませんでした。

しかし、ココまで走っているかどうかがわからない。
しばらく待とうよ、と言われて待っていたが、それらしき人物は現れない。

『 GTmailとかないんですか?』
とNAさんに言われて思い出した。
そうだ、タイム検索ができたのだった。
ゼッケンで検索してみると、30キロまでのラップは出るが、35キロ・40キロのラップが出ない。
つまり、30キロ以降走っていない可能性があるのだ。

6時間が経過した。
私の頭の中では、38キロ地点で6時間、が応援のメドだと思っていた。
『 6時間過ぎたので、終わりにしましょうか。 』
やがて、手前の交差点で撤収が始まったのが見えたので、応援も終了とした。

応援部隊の皆も、空腹で冷え切っている。
何しろ、ひるごはんは、さまりすさんが差し入れしてくれたおにぎりだけ。
(さまりすさん、ありがとうございました。)
駅近くのファミレスで暖をとることにする。

その移動の途中、はるまさんからメールが届く。
その時刻、15:33・・・スタートから6時間半近く。
ゴール自体は4時間半ほどだったようだが、荷物の受け渡しが悪かったのか?
さらに、給食は全部なくなっていて、空腹で辛かったらしい。

えぇぇぇっ!
4時間半くらいでゴールする人たちが、給食にありつけなかったって、一体何???
詳細は、この後のオフ会で聞く事にして、集合場所と集合時間の再確認をメールで送る。

直後、相方から電話が入った。
30キロ地点で、約1分のタイムオーバーで関門に引っかかってしまったそうだ。
それで、バスに収容されて、ゴールまで連れて行かれ、既に着替えて大崎まで行ったとか。
まあ、無事ならそれでいい。
攣り地獄の洗礼も受けなかったようだし、どこかで故障する前に、自らのリタイアでもなければ、それでいいだろう。

6時間に渡って応援し続けた私にも変化が出始めた。
まず、腹筋が痛い・・・。
大声を張り上げ続けたおかげで、腹筋を使ったようだ。
さらに、しばらく黙っていて、喋り始めたら、声が枯れていた。
喉は痛くないのだけれど、声が枯れて、どんどんかすれていく。

SD・チームベジー、それぞれのオフ会の時間が近づいてきたので、ファミレスを出ることにした。
途中、応援に合流した男性が、マイクさんだと知ったのは、ファミレスに入る前のことだった。
ミクシィでお世話になっているので、ご挨拶が出来てよかった。

こうして、もうひとつのイベント、オフ会へと流れていくのでした。

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番外:東京マラソン《応援編・1》

【 東京マラソン 】《応援編・1》

朝5:30 起床。
明太子おにぎりと、ゆかりおにぎりをつくる。
相方をおこし、朝食を食べさせる。

6:50 自宅出発。
少し早く最寄り駅に到着。
7:10 赤羽行きの電車に乗り、埼京線に乗り換え。

今日はあえて、上野経由ではなく赤羽経由を選択。
そのほうが、乗車時間も少ないし、混雑の程度も想像がつく。

埼京線の中では、同じ車両の中にランナーと思しきカッコウの人は、10数名。
ランナー同士で席の譲り合いから、今日のレースの話が始まったりしている。
声を掛けられたおじさんは、わざわざ大阪から奥方同伴でやってきた。
『 お互いに楽しみましょうね。 』
という言葉が印象に残る。

新宿駅を降りてびっくり。
昨年改装された、一番キレイな東口改札至近のトイレでは、もう既に20名以上が並ぶ超だの列。
男女ともに、だ。
その列を横目に、西口改札へ向かう。

生憎の雨だったこと。
私の電車の乗り継ぎを考え、地下通路を移動することにする。

京王線改札前の通路などには、荷物を広げて着替えを始める男性も多い。
雨対策として、1枚多く着込んだり、ベストを羽織ったり。

相方は、アップスーツの下に着込んできているので、後は脱ぐだけ。
時間の余裕を見る事と、事前にトイレを済ませること。
寒いので、人の塊に寄り添う事などを伝え、分かれる。

私も既に、コンビニで買ったアマガッパを着ていた。
ケロヨン色のダウンを着てきたのに、アマガッパを羽織ってしまうと、その色はわからない。
背負っていたリュックの上から合羽を着ても余裕があるくらい、大きな合羽だった。
丈も長くて、結果的に助かった。

都営新宿線の駅に行き、電車に乗る。

目的地の曙橋駅につくときに、仲間にメールを送る。
予定より早くて、午前8時前にはついた。
まず、第一応援ポイントと設定した橋の上に行かなくては。
橋の下から見上げると、3人の警察官が立っている。
・・・いやぁ~な、予感。

近づいて行って、一番はしにいた年配の警察官に話しかける。
『 今日はココでマラソンの応援をするのは、禁止ですか? 』
そう尋ねると、その警察官は、丁寧に頭を下げながら、
『 ココは、立ち止まり禁止となっております。
  お気持ちはとてもよくわかりますが、
  今日の規則と成っておりますので、
  ご了承いただければと思います。
  まだ、早い時間ですので、靖国通りの見やすい位置に、
  場所を確保していただければと思います。
    』

それから、数分、この警察官とマラソンの話をした。
全国から仲間が集まってくる事。
私は抽選に漏れてしまったけれど、応援で楽しむこと。
警察官も、走る人が多くなって、健康に気遣う人が多いですね。
自分は、休日は歩くのが精一杯ですよ。
そんな話をして、私は靖国通りに降りる。

さて、どうしよう?
仲間にメールしなくっちゃ。
とりあえず、曙橋駅のA3番出口を集合場所とする。

曙橋の下で応援すれば、雨はしのげる。
しかし、暗くて、応援している人がいるのも目立たないのだ。
もう少し先の防衛庁のところは、軽く右にカーブしている。
絶好の見物ポイントではあるが、ランナーのみんなと約束した場所とは違う。
みんなには、曙橋を目印にしてもらうように伝えてある。
やはり、曙橋を離れるわけには行かない。

ということで、橋の上には上がれなかったが、橋の袂で陣取る事にした。
今日の仲間は、以下のとおり

* SD仲間の NAさん (JogNoteのなーさん)
* 同じく    うらままさん (JogNoteの)

* チームベジーの さまりすさん 
* 同じく       FLACさん 
* 同じく       Doさん
* 同じく       masaさん
* 同じく       マサさん

場所をほぼ確定し、時間を過ごす。
今日は、さまりすさんが、チームベジーの黄色の幟を持ち、黄色の小旗を私とFLACさんとうらままさんとマサさんが持つ。
黄色の旗と幟は、ランナーに見つけてもらえるのだろうか?

9時を少し過ぎた頃、先導のパトカーが走ってくる。
そういえば、今日はパトカーの新車デビューの日だったっけ。
そんな話をしながら少しすると、先導車が走ってきた。

『 なんで、こんなに速いの?
  あれ?なんだか、犬みたいなのが走ってるけど? 』

本当にすみません。
私達には、一瞬、茶色のラブラドールの集団に見えたのです。
すぐにそれが違う事がわかりました。

車椅子ランナーのトップ集団の通過だったのだ。
雨の中、力強く車輪を回して、ものすごい速さで通過する。
その力強さにジーンと来てしまった。

やがて、先導の車、タイム表示の車、カメラ車などが通り過ぎ、フルマラソンのトップ集団がやってきた。

・・・え、右側?

私達は、沿道の左側に陣取っていたのだ。
でも、仕方ない。
飯田橋では右折から始まる。
距離を無駄なく走るには、右側によって走るのは、今大会タイムを狙う選手では当然のことだろう。

ここで、下調べが不十分な私は、トップの選手に声を掛けられない。
えっと。
油谷選手と、デ・リマ選手が出ているのはわかるのだか・・・。

ここで、ちょっとしたアクシデント=笑い話が。
詳しくは、NAさんのブログをご覧下さい。

さて、トップ集団に続いて、一般選手を含めたランナーが絶え間なく通過していく。
最初は、実業団の選手などだが、この後長時間に渡って選手が途切れる事はない。
この中から、自分達の仲間を探し出さなくてはならない。

予め、参加仲間の数人には、もし覚えていたら、できれば真ん中より少し左寄りを走ってくれるといいな、と伝えていた。
橋の上で応援するつもりだったので、橋のどの位置で応援するか想定するとき、少し左寄りを・・・と考えいたからだ。

トップの集団が通過してからしばらくして、
『 有森さんだ!』 という声が聞こえた。
数名のトレーナーに囲まれながら、走っていく有森裕子がいる。
とっさに、ホノルルマラソンを思い出した。
ゴール手前1キロ地点。
7時間もかかった私が通過するそのときも、有森裕子はそこで応援してくれていた。
私にも、ハイタッチをしてくれた。
そのときの恩返しが出来るのは、プロランナーとして最後のレースとなる今日しかない。
思いっきり叫ぶ。
『 有森サーン! がんばってー!!』
うちの集団の声がかなり大きかったのか。
有森裕子はわざわざ振り向いて、軽く手を上げて笑顔で答えてくれた。

今日のために用意した小さな手帳。
参加仲間のゼッケンが書いてある。
雨で、ポンチョや合羽を着ているので、ゼッケンで探すのは難しいが、その数 14名。
その中で、一番最初に通過するのは誰か・・・。

みんなの意見で一致したのは、 ネオスさん。
1月の新宿シティハーフ、2月の青梅でネオスさんの応援をしたので、ウエアや走り方の特徴は覚えいている。
赤い半そでのTシャツに、オレンジ色のアームウォーマー。
雨で気温の低い今日は、このスタイルに間違いない。
ただ、合羽かポンチョを着ていたら見つけられないかも知れないが・・・。

そろそろか、と思った頃、ネオスさんの姿が近づいてくるのを発見。
『 ネオスさんだ!』 
と叫ぶと、皆一斉にネオスさんに声援を送る。

ネオスさんは、左手に白い物体を握り締め、高々と掲げている。

雨合羽かポンチョを脱いで、それを持っているのだな。
それを受け取ってもらいたいと、掲げているのだな。
通り過ぎる瞬間、それを受け取る。  成功!

ネオスさんは元気に走り抜けて行った。

その後、じれっタイガーさんが通過。
あまり目立たなかったので、思わず見過ごしそうになっていると、他の仲間が
『 じれさんだ!』と叫んだ。
『 じれさん、いけいけ~!突っ込めー!!』
雨にちょっと困っているようだったが、雨合羽の下には、オレンジ色のムコTシャツを着ているのがわかった。

しばらくして、背の高い男性が、すぅっと近寄ってきた。
おぉ!まっちさんだ!
走るときは眼鏡ではないので、ちょっと気づかなかったが、確かに穏やかなまっちさんの笑顔だった。

このところ、皆も応援されなれてきたと言うか(笑)、気づくと自ら近づいて来てくれるようになってきた。
そうすることで、応援もしやすくなるし、今回はそれが本当に助かった。
3万人もいる中から探し出すのだから、容易ではない。
残念ながら見逃してしまった人もいるのだから。
お互いにアピールしなくちゃね。
ランナーのみんな、ありがとう!

そんな探しにくい上京のなか、とっても探しやすい人がいた。

ムコレンジャー   仮の姿を Ogamanさん。

私は今日、初めてお会いしたのだが、思いっきり
『 ムコレンジャーがんばって~!!』
と、叫んでいた。
黄色の小旗に気づいてくれたかな?

腕時計を見なかったので、どのくらいの時間が経過していたかはわからないのだが、かなり後半になって、相方がやってきた。
白いキャップ、黒のロングシャツ、白い手袋。
荷物と引き換えにポンチョがもらえたようで、東京メトロのマークが胸に入ったポンチョを着ていた。
相方のほうが先に気づいたらしく、コースの端に寄ってくるのが見えた。
笑顔で近づいてきたので、
『 ガックンがんばれ~!』
と声を掛けながらハイタッチ!
問題もなく、駆け抜けて行った。

実は、相方は、攣り癖がある。
○○○さん張りの、攣り地獄に陥る事があるのだ。
この雨、この低温、最後まで攣らずに持つのか・・・。
一抹の不安を抱きながら、後姿を見送った。

今回、声援を送ると、手を振って返事をしてくれるランナーが非常の多かったのには驚いた。
自分の経験で、あのアットホームなホノルルマラソンでも、手を振り返すのが恥ずかしくて、序盤はなかなか出来なかったのに、まだスタート間もないこの地点で手を振ってくれるランナーが非常に多い。
そうなると、こちらも手を振り返さなくては、という気持ちになってくる。
声援を送りながら、ずっと手を振る。
声援に対して、ありがとう!と返事がくれば、はーい!と答える。
そんなことがずっとずっと続く。
この人たちは、皆応援され慣れているのか?
そんな人が、こんなにたくさんいるのか?
ううむ、不思議だ。
応援に対して反応が来るというのは、とても嬉しいものだ。
ホノルルを思い出して、何度かジーンと来てしまった。
一緒に応援していた、ホノルル組みの数名も同じだったことを後で知る。
皆、他の人に気づかれないように、涙を見せないようにしていたらしい。

我々はこうしながら、最後の最後の、最後の一人まで、すべてのランナーを見送った。
近くの交差点の交通規制が解除され、一般者の横断が始まったのを見届けてから、第一ポイントでの応援をやめた。

3万人が通過するのに、丁度1時間。
いろんなランナーがいた。
青梅で見たバレリーナ、今日も踊っていた。
また38キロ地点でも見られるだろうか?

38キロへの楽しみを持ちつつ、移動したのでした。

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番外:東京マラソン《まえがき》

【 東京マラソン 】《まえがき》

昨日、東京マラソンが無事終了した。
1日かけて応援をして、書き留めておきたいと思ったことがいくつかある。

思い起こせば、始まりは10月18日から。
みなさん、覚えていたっしゃるだろうか。
この日は、東京マラソンの抽選結果が発表された日だ。

昨日、応援やオフ会でご一緒した方にはお話したが、
実はこの東京マラソンには、私の相方が初フルマラソンで参加していた。

申し込みは私のパソコンから。
私自身の分はランネットから。
相方の分は、大会HPから、申し込んだ。
・・・ランネットでは、同じアドレスから2件の申し込みができなかったのだ。
それはなぜなのか、いまだにわからないのだけれど。

仕事が休みだった10月18日の午前中、私のパソコンにはほぼ同じ時間に2通のメールが届いた。
一通は私宛。 もう一通は相方宛。

【 東京マラソン事務局からのお知らせ 】という同じ件名であっても、一通は当選、もう一通は落選の内容だった。
私が、落選。
相方が、当選。

コレ以降、私は落選者でありながら、当選者の情報を、当選者と同じタイミングで知ることが出来たのだ。
黙っていて、ゴメンね。

相方は、元々走る人ではない。
仕事の忙しさの波が激しく、十分な練習を積める可能性が少ない。
更に、体重も20歳の頃から比べて、20キロ以上増加しており、運動習慣もなく、フルマラソンを走るということ自体、ちょっと危険かなと思われた。
抽選結果の届いた当時、私もまだホノルル前で、長距離を走る経験がなかった。
なので、本人の意思で参加不参加を決めるように伝えた。
振込み期限は、10月いっぱい。
ただ、それだけを伝えて、当選メールのコピーを渡した。

はっきりとした返事のないまま、振込み期限の前々日になった。
『 マラソンのお金、振込みに行ってくれる? 』
相方がそう言ったのは、10月29日だった。
『 本当に、大丈夫? 本当に走るの? 』
その質問に、相方は、
『 国民の義務として、走らにゃならんでしょー。 』と。

相方曰く、多くの落選者もいる中、せっかく当選したのだから、
国民行事となるこのマラソンに、そのくらいの覚悟で参加しなければ・・・。
そういう意味合いだったらしい。

10月30日。振込み期限の前日。
マラソン参加費を振り込み、相方の初フルマラソンとなる東京マラソンの参加が決まった。
そこから、私の東京マラソンも始まった。

11月18日の追加当選の発表などは、もうすっかり忘れていた。
ネオスさんのブログで、ドラマチックな追加当選のメールが来たと知り、ああ今日がそうだったのかと思ったが、1日待っても自分のところにその連絡は来なかった。
その頃は、ホノルルマラソンが近づいていた事もあり、あまり気にも留めなかったのだが、1日過ぎてみて、あちこちで追加当選が決まった人がいたり、当選の嬉しさを当選者同志で喜び合う、なんていう文字を見てしまったためか、ちょっとがっかりしてしまった。
最初のがっかりは、本当にちょっと、だったのだが、時間が経つごとに、そのがっかりはドンドン大きくなっていった。
なんで、落ちちゃったのだろう?
なんて、くじ運悪いんだろう?
なんだか、このくじ運の悪さが、自分の人生を映し出しているような気がして、がっかりはドンドン大きくなっていった。
そうしていると、同じ仲間の中でも、そのがっかりを抱えている人が何人もいることに気づく。
私には、目前にホノルルがある。
まだ、それだけでいいほうなんじゃないか。
そんな風に思うことにして、がっかりを忘れる事にした。

ホノルル前に十分な練習を積まなかった私は、前述のとおり、かなり厳しいレースとなった。
それでも、フルマラソンを最後まで捨てることなくゴールできた事最後まで絶え間なく続いた応援に助けられられた事、そんないくつもの感動を手に入れることが出来た。
年内は、その嬉しい思いだけで過ごす事が出来たが、年を越えると、だんだんと東京マラソンの話題が大きくなってくる。
また、がっかりを思い出す日が多くなってきた。
それは、私だけじゃなく、同じように落選した仲間も同じだった。

今頃になって、がっかりしてきた。

そんな言葉を聞く機会が増えていった。

一方で、相方の初フルマラソンの準備を進める必要もでてきた。
元々走っていない人。
まずは、シューズ選びから始まった。
体格の特徴、持病、走歴などを、シューズマスターの野村氏にメールで伝え指示を仰ぐ。
野村氏がピックアップしてくれたシューズの中から、相方にためし履きをさせて、ひとつのシューズを購入した。
それが、去年の11月。
ためし履きをしたときに、当たるところ、痛いところ、靴が硬すぎて履きにくくないかを尋ねると、
『 オレは山靴ばっかり履いてきたからね。
  硬い靴は苦にならないんだよ。     』

そうでした。 相方、元山男でした。
靴の硬さが苦にならないとなると、話はずいぶん楽になる。
靴に関してのトラブルは、殆ど起こらないと想定できた。

年を越えて1月。
バーゲンが始まった。
この間に、レース用のウエア類を調達しておいた方がいい。
アートスポーツ本店に何度か足を運び、さまざまな天気を想定しながら、長袖シャツを購入した。
相方は、異様に暑がり。
しかし、もしも当日雪だったら・・・。
そんな想定をしながら、あまり厚手でない、ジップ式のロングシャツを選んだ。
もしも走っている最中に暑くなったら、ジップを下げればよい。
走る前から好天気だったら、即半袖だ。
もちろん、マークダウン中の商品から。

私のホノルルの経験と、大会案内から、最初の給食ポイントが22キロだとすると、何か補食を持っていったほうがいいな、と思った。
私の時に大活躍したパワージェルを持たせようかと思った。
・・・しかし。
体の周りに何かをつけて走るのはイヤなのだ、相方は。
ウエストポーチをつけろと言っても、イヤだというのはわかっている。
かといって、パンツのポケットに入れて走るのは、走りにくい。
どうするか・・・。最後まで課題として残った。
すると相方は、レースの前週に自ら3時間走というのをやった。
3時間ずっと走り続けたわけではないらしいが、飲み食いせずに3時間走ったり、歩いたり、したそうだ。
(その前に、1時間走ったり、10キロを目安に走ったりしていたらしい。)
結果、
『 給食ポイントまで、食い物はなくても大丈夫。 』
相方自らはじき出した。
ただし、給水ポイントでは、必ず給水を取るように、それだけは守るように伝えた。

しかし、なぜ、レース前週になって、3時完走なんてやっちゃったの?
と、尋ねる私に、
『 だから、普通はどうするのかって聞いたんじゃないのよ~! 』
と、オカマになってしまった。

いや、相方は、いつ・どういう過ごし方をすれば良いかと、私に尋ねたわけではないのだ。
どうしようか迷っていたけれど、きちんと聞く間もないまま、自分で走ってしまったのだ。

『 普通はね、前の週は、疲労をためないように休むね。 』
時既に遅し。
相方はそれから3日間、筋肉痛に苦しんだ。

筋肉痛が抜け、体に軽さが戻った頃、イヨイヨマラソン受付の日がやってきた。
レース前日の夕方、待ち合わせをして一緒に行く。
エキスポ内を見て回りながら、アディダスブースで、ジェームス中野のセミナーなんか覗いて、レース前のストレッチなどを学ぶ。

家に戻って、ゼッケン付け。
この日のために、ランナップ・東京マラソンバージョンが購入してあった。
私が使おうと思って購入したものだったが、その後抽選にはずれたので、相方が使うことになった。
ランナップの裏側の生地が、肌に当たって擦れる。
そんな話を聞いたので、裏側には絆創膏を丸く切ったものを貼り付ける。

レース当日が雨と言う事になり、防水用のキャップを被る事も急遽決定。
グローブなんてじゃまでイヤだな・・・と言っていた相方も、無理やり持たされた私のグローブ(私にはちょっと大きかったので、使わせることにした)をはめてみて、まんざらでも無さそうな顔。
数日前に急に
『 5本指ソックス、履いてみようかと思うんだけど。 』
の言葉に、急遽買ってきた3足のソックス。

並べてみると、ロングシャツ、短パン、靴下、グローブ・・・あらら、全部アディダスで、何だかあつらえたみたいじゃない?
急遽使用が決まったキャップだけがナイキで、後はまるでこだわってそろえたみたい。

そんなこんなで、前日の準備を終えた。

ゆっくりと、大会パンフレットを見る時間がなかった。
支度が整い、パンフレットを見てみると・・・。

おいおい、ちょっと違うんじゃない?
今まで配布された参加案内は、1色刷りだった。
大会パンフレットはカラー印刷となっていた。
それまで、会場案内図に示されていた、一般規制線が、カラーとなったらはっきり見えた。
1色刷りだと、規制線の色がわかりにくいよ。

登録選手の中に、何人かの名前を見つけたり。
女子の登録選手の1番が、高校駅伝で活躍した新谷仁美だったり。
そんな発見をしたりして。

明日は、雨が上がってくれるだろうか?
応援ポイントは混まないだろうか?

そんなことを考えながら、大会前日の夜は更けていったのでした。

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番外:マラソンについて・2

【 東京マラソン応援ポイント : 修正 】

東京マラソンの応援ポイントは、以下の2箇所です。

(1) 曙橋(約3.5キロ地点)

(2) 有楽町線 豊洲駅 先の 歩道橋
                    (約38キロ地点)

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

(2)は、豊洲駅前より、少々先にあります。
豊洲駅を通過したら、すぐ先にある歩道橋の上から声援を送ります。

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番外:マラソンについて

【 東京マラソン応援ポイント 】

東京マラソンの応援ポイントを決めるため、下見ランに出かけた。

今回は、多くの仲間が参加しているが、その走力は色々。
サブスリーを狙う速いランナーもいれば、制限時間ギリギリになりそうなランナーもいる。
出来るだけ多くの仲間を応援したいし、応援するなら見逃したくない。
そう思うと、応援ポイントはかなり重要な検討項目だ。

通過ランナーのタイムがまちまちな場合、応援ポイントを少なく設定し、あまりあちこちに動かない方がいいということは、先日の青梅で実証済み。
では、今回はどこ設定しようか?
ずっと考えていた。

雑誌【クリール】では、応援の少ない市ヶ谷周辺が見やすい、とあげられていた。
『 市ヶ谷は応援が少ないのか? 』と疑問にも思ったが、確かに、銀座や浅草に比べれば、スタート間もない市ヶ谷では、あまり多くの応援は出ていないかも知れない。
しかし、東京国際女子マラソンでは、最後の駆け引き場所となる市ヶ谷だぜ。
本当に少ないのか?

クリールを読んで、私自身も市ヶ谷近辺で1番目の応援ポイントを決めようと思っていた。
なぜなら、スタート間近の地点なら、ランナーの走力がバラバラでも、そんなに長時間かけなくても、すべてのランナーを見送ることが出来るだろうと思ったから。
これが、中途半端な距離の位置になってしまうと、目的のランナーを見つけるまで、長時間とどまらなくてはならない。

などと思いながら、地図を見てみる。

う~ん、歩道橋はないのかな?
歩道橋の上からなら、ランナーを見つけやすいし。
通勤の時、飯田橋⇔四ッ谷間で歩道橋がないかと車窓から見てみるが・・・ない。

では、と。
詳細地図やジョギングシュミレーターを拡大して見てみると。
新宿⇔防衛庁前までの間に、2つほど歩道橋があることがわかった。
ただ、駅から中途半端な距離にある。
こちらの移動のことも考えると、駅からあまり離れていないところが望ましい。
う~ん・・・やっぱり、あそこか。
でも、あそこは、歩道があったかな?
車道だけじゃなかったかな?
実際に行って見るか!

ということで、今日出かけたのは【 曙橋 】。

曙橋は、マラソンコースとなる靖国通りと【立体交差】しているのだ。
更に、都営新宿線の曙橋駅のすぐ上。
ココを逃して、スタート5キロ以内の応援ポイントはないだろう。

Dsc00310

ランナーは、アチラの方から走ってきます。

Dsc00307

左右には
曙橋の駅があります。

Dsc00308

Dsc00311

反対側に目をやると、
防衛庁が見えます。

では、ランナー側から見ると?

Dsc00313_1

曙橋が見えてきました。

Dsc00312


そのとき右手には、
【ドラッグぱぱす】



Dsc00314

先方左手には、
【ドトールコーヒー】

Dsc00316

前には
曙橋がすぐそこ!

Dsc00317



通り過ぎると、
こんな感じ。

さあ、1箇所目は
【 曙橋に決定!! 】

では、その次は?

速いランナーは、3時間足らずでゴールしてしまう。
ゴール後に仲間に会うことを考えても、スタート2時間半後くらいには、ビッグサイトの近くに移動していたい。
となると、あちこち動くのはどうだろうか?
交通規制が行われているとなると、電車も混むだろうし。
さらに、ゆりかもめは、日曜のお台場に行く人で超混状態だろう。
ギリギリに行っても、良く見える場所は取れないし・・・。

ということで、今回の応援ポイントは

【 2箇所に絞る事にしました 】

では、2箇所目は?
運河を渡ったムコウ側。

37キロ地点の佃大橋が、今回一番厳しい場所になるという話を聞いたので、佃大橋を超えたあたりに、またも【歩道橋】はないかと探してみた。
もう少し先に行った・・・春海橋を超えて豊洲に入り右折するところで、大きな歩道橋が2つい続いている事に気がついた。

しか~し。
ココはダメ!
給水ポイントなのだ!
給水を目指し、ランナーは周りの応援には気づかないだろう。
それに、大きな歩道橋が2つ続いて出てきたら、どっちに仲間がいるのか、ランナーからは見分けづらいだろうし。

そのあと、豊洲駅前に歩道橋があることがわかった。
2箇所目は

【 有楽町線 豊洲駅先の歩道橋!! 】

ここはたぶん、37~38キロ地点の間に入ると思う。
ここで、早い時間から待機して、仲間の通過を待とうと思う。

そして、応援に使うのは、これ。
Photo_7


この旗を振るのが見えたら、手を振り返してね~。

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