« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

平日の横浜へ

昨日に引き続き、今日も休日。
今日も神奈川県へ出向く(笑)。

横浜に所用があり(まぁ、買い物と物色なんだけど)、出かける。
横浜自体に用事がある、ということはかなり珍しいことなので、横浜市民のはるまさんに声をかけて、お茶することにしていた。

待ち合わせの時間前に所用を済ませる。
偶然にも、デパ地下でマーロウの記念カップ入りプリンを見つけてしまい、取り置きしてもらった。

はるまさんと合流。
お茶のつもりだったが、ランチになった。
飲食は、地元の方にお任せするのが一番。
そごうの美々卯にはいる。

実は美々卯、初めて入るのだ。
以前、ガックンが、
「 美々卯でうどんすきでも・・・ 」
と言った事があったが、結局連れて行ってもらうところまでいかず、現在に至る。
うどん好きの私にとっては、気になる店であった。

Ca46kk7x

注文したのは 『 海老天丼 』。
私は、「天丼」というものを、外で食べることがない。
天ぷら屋に行くことは、ごく稀にあるけれど、そういうときに「天丼」は頼まない。
家でも食べない。
なので、とても珍しいことなのだが、何となく食べたかったんだな~、今日は。

凄いボリュームだったけれど、完食。
お芋の天ぷらがおいしかった♪♪

はるまさんと、2時間あまりおしゃべりに花が咲く。
マシンガンズ、ですからcatface

走るとき、アフター、オフ会以外で、こうやって会うのは珍しいことだけど、たまにはいいねぇ。
楽しい横浜のひと時だった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

私がマーロウを好きなわけ

葉山にある 『 マーロウ 』。
正確には、横須賀市なのだが、マーロウ自身が「南葉山」と言っている。
なので、葉山のマーロウ でいいのだろう。

マーロウはビーカー(パイレックス社製計量カップ)入りプリンが有名だが、レストランのメニューも素晴らしくて、プリン抜きでもなかなかのお店だと思う。

私が始めてマーロウに行ったのは、20年くらい前だったと思う。
それはプリン目当てではなく、料理目当てでもなく、『マーロウ自体』が目当てだった。


『 マーロウ自体が目当て 』 ???

そう、マーロウ自体が目当て。
マーロウに行きたくて、マーロウに行ったのだ。

その理由は、コレ

http://www.marlowe.co.jp/00piano.htm

ミーハーって言えば、ミーハーなんだけど(笑)。
当時は、憧れていたんだなあ。

今年の夏は、鎌倉から、マーロウ目指して走りたい。
去年の夏にやるはずだったけれど、足の故障でできなかったイベントラン、

『 ランチへGO! 葉山へGO! 』

今のまま、故障が出なければ、今年の夏はやれそうな気がする。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

今日、横浜へ行った。
フラッと、デパ地下に行ってみた。
そして、コレを見つけた。

Cajckoyu

横浜開港150周年記念カップに入ったプリン。
横浜そごう限定だとか。
運がよかったなぁ♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

湘南を走る

「昭和の日」で休日の今日、Jognoteの仲間に声をかけてもらい、湘南を走ってきた。

家を出たのは8:00。
片道2時間弱。

片瀬江ノ島駅集合10:00。
集まったのは、総勢20名のランナー。

Cah6i3fa



ココから海岸線を走り、里山を抜ける。

Ca8rn70z
途中の和菓子屋で、『力餅』を食す。
エビナの社長がご馳走してくださった。
この力餅のおかげで、力でたかも。

それから、極楽寺へ抜けて、こんな景色も見る。

Cap98ii1
これが6月になると、両脇があじさいで埋め尽くされる。
『成就院』のあじさい階段。

また海岸線にでて、走る。

Cacdpxeg
浜を走る仲間。
今日の海は、凪。

そこから、逗子マリーナを突っ切って、ランチへ。

Cac54vtj
本日は、、マグロのほほ肉ステーキ定食を食す。
なかなか入荷されずに、珍しいメニューなのだとか。

ランチの後、また走る。
民家を抜け、急な階段を上がり、披露山へ。
そして、この景色。

Ca7er0gp

Caaqwnqj

20年ぶりに訪れた、大崎公園。
上は右手に見える逗子マリーナ。
下は左手に見える葉山沖。
ココからの景色は最高!!

大崎公園を後にし、来た道を江ノ島へ向かって戻る。
途中、電車組は、長谷駅から江ノ電に乗る。
車窓から、走る仲間を撮りたかったが、車内が混みあっていて、それどころじゃなかった。

江ノ島へ戻り、紀伊国屋という旅館の立ち寄り湯で汗を流す。
そして、アフターは駅近くのサイゼリア。

仲間が仲間を呼んで広がった輪。
そんな仲間とのRUNが、とても楽しい一日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラッキーカラー?

雨の休日。
家にこもったまま過ごした。

夕方から、カイロに行くことになっていたので、雨の中出かける。
帰ってくるときは、小降りになっていた。

郵便受けに、宅配便の不在連絡票が入っていた。
宅配ボックスから、荷物を受け取る。
差出人が・・・・というより、前面英語。
運んできたのはクロネコで、送り状には一部日本語もあるが、差出人も受取人も英語で書かれている。
確かに、受取人は私の名前と住所になっているけれど・・・。

クロネコの送り状以外にもう一枚、あて先の書かれた紙が貼られていて、そちらも英語。

怪しい・・・。
えぇ?
もしかして、変なもの、クリックしちゃったか?

ネット通販はキライじゃない。
むしろ、好きなほうかも知れない。
でも、むやみやたらに買うことはしないし、英語がからっきしだめだから、海外通販に手を出すことは、まずない。
日本代理店が入っているなら別だけど。

よくよく見て見ると・・・。

『 NIKEID 』の文字。

ああ!! NIKEのシューズだ!!
この前、久々に(3年半ぶり?)に、NIKE iD で、シューズをカスタマイズしたのだ。
注文したときは、6週間かかるという話だったのに、なんと20日で届いた。

そのシューズが、これ。

Cab2vry1

これを、走るときに履こう、というわけではない。
あくまで、デイリーユースの、つまりは、日常履き。
(私は、走るときにはNIKEのシューズは絶対に履かない)

それで、なぜこの色か?ということなのだが。
なんてことはない、いろいろ組み合わせていて、黄色が鮮やかで目に留まったから。
本当は、好きなブルーにしたかったけれど、それよりこっちに目がいってしまったのだ。

シューズの中とマークの色は、紺色。黒に見えるけど。
そして、かかと側には、名前が入っている。
これがちょっと、嬉しかったりする。

今までは、白とか黒しか作れなかったので、今回は思い切って冒険してみた。
サイズも見直して、いつもよりワンサイズ(0.5cm)小さくしてみた。
(NIKEは少し小さめに出来ているので)
この夏、このシューズを履いて、あちこち出没するかも知れない。
いや、仕事に行っちゃうかもしれない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

今年のお花見

東京マラソンの記事に、思った以上に時間がかかってしまった。
その間に、桜の季節がやってきて、終わってしまった。

今年の桜のことについて、まとめて書いておこうと思う。

Jognoteの『休肝日同盟』のお花見は、3月29日に、去年と同じ根岸森林公園で行われた。
その日は、母方の祖父の100歳のお祝いのため伊豆へ出向かなければならず、残念ながらお花見には参加できなかった。

それ以外、私が楽しんだ桜は以下のとおり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【3月30日】
浜離宮&お台場ラン with パグさん・ZAKOJIさん

尾瀬のZAKOJIさんの上京に伴い、パグさんが企画してくれたお花見ラン。
残念ながら、桜はまだだったけれど・・・。

Odaiba_mini

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【4月1日】
多摩川ラン with とだひさん

前々から計画していた、お花見多摩川ラン。
ここも、残念ながら、まだ早かったけれど。
山桜だけはきれいに咲いていた。

Ca7agxkn
A

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【4月4日】
帰宅ラン 皇居周辺

Cawzmaxj_2

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【4月9日】
お花見ラン @石神井川沿い

ようやく晴天の休日。
近場で桜の名所を走っておこうと調べてみると、王子駅前の「音無川親水公園」が名所と知る。
そのまま石神井川に繋がっているので、石神井川を上流へ向かって走ってみることにした。
一人で、お花見遠足ラン。
結局、10km弱しか走らなかったけど。

Photo

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆◆ おまけ ◆◆

【4月15日】
湘南ラン with WRC

Cak9h72r
Cak0f1fd
Calz0o4i

Caao2x6c_2

| | コメント (4) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・アフター】

豊洲のお店を出て、地下鉄で有楽町へ。
そこからJRに乗る。
アフターの会場は八重洲なので、私は東京駅で下車、ガックンと分かれた。

東京駅を抜け、八重洲中央口へ。
そこから地下道で会場となるビルへ向かう。
階段を上り下りするのに、脚が辛くなってきた。

今回のアフターは、どうなるのだろう?と心配だった。
自分の参加が決まり、まさか自分でアフターを仕切るのも・・・と躊躇してしまったのだ。
もし、アフターが決まらなかったら、おとなしく帰宅かもな、とさえ思っていた。

そんな時、1週間位前に、Jognoteでまっちさんから、アフターの打診があった。
なーちゃんと相談し、まっちさんにお世話になることにした。
ちょっとホッとした。
自分が走って、自分がアフターの世話をする自信もなかったが、せっかく応援に出てくれたなーちゃんと、慰労会もせず解散するのも淋しかった。
声をかけていただいて、セッティングしていただいて、本当に助かったし嬉しかった。
お呼ばれするって、いいなぁ(笑)。

予定時間よりちょっとだけ遅れたので、先に乾杯してもらっていた。
参加者は、チーム・べジー!のまっちさん・さまりすさん・マイクさん、そしてなーちゃんと私の計5名。
ランナーとして走ったのはマイクさんと私の2人。
ランナーはやはり、完走メダルを首からさげて参加。

さまりすさんは公式ボランティアで参加し、まっちさんはEXPOボランティアと応援では幟を持って頑張ってくれたし、なーちゃんは応援隊の引率者として頑張った。
皆がそれぞれに頑張った、慰労会になったと思う。

去年の、20数名のアフターに比べると、こじんまりとして小さなアフターだったけれど、皆で同じ話笑い、考え、共感し、とても落ち着けるアフターだった。
もう何年か前から、大きなアフターばかりになっていたので、こういうのもいいなぁと、しみじみと思った。

3時間半余りで走りきったマイクさんと、制限時間ギリギリに完走した私と、過去2回走っているまっちさんと、それぞれから見た感想。
それはどれも、
『 すごく、感激!』

ボランティアの話を聞いたり、応援隊の話を聞いたり、同じ東京マラソンを、同じ時間に過ごしているのに、自分のいないあちこちでいろんなことが起きていた。

アフターは3時間で終了。
その後は、東京駅でそれぞれ帰宅。
同じ経路の人は一人もいない。
東京駅で完全解散。
なんだか、とても潔いなあ。

こうして、今年の東京マラソンは終わった。
でも、私の東京マラソンは、まだまだ終わらない。
来年も、再来年も、そしてその次も。
東京マラソンが続く限り、チャレンジし、それがランナーであっても応援であっても、その時々に最高の楽しみ方をしたいなあ。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・ゴール後】

【 ゴール後  そして名前は、何度も呼ばれる 】

(無事、完走まで行き着いた。 
  しかし、【当日編】はまだまた続く・・・)

ゴールゲートをくぐり、無事ゴール。
時計を確認すると、6時間半を過ぎていた。
とにかく、ゴールできたことに安堵し、顔がゆるむ。

まっすぐすすんで、まずはチップを外してもらう。
担当者はたくさんいるけれど、できれば若いおにいちゃんがいい・・・。
若いおにいちゃんばかりだったので、一番近いところでチップを外してもらった。

次は、完走メダルをもらう。
今度は、選んで「おばちゃんボランティア」のところへ向かう。
一番、一緒に喜んでくれそうだったから。
実際、その方は、とても喜んでくれて、首にメダルをかけてくれた。
一緒にハグして喜んだ。

その後は、水を入れた袋をもらい、みかんをもらい、完走バスタオルを肩にかけてもらった。
去年まで、完走者に配られていたポンチョは、今年はバスタオルに変身した。
桜の柄をあしらった、なかなか気の利いたタオルだ。

その後は、エアーサ○ンパスをもらい、荷物の受け取りに行く。

荷物置き場は建物内になっていた。
既に、ほとんどのランナーが荷物を引き取った後なので、並んでいる荷物は少ない。
自分の番号エリアに行き、ゼッケンを告げると、すぐに荷物を運んできてくれた。
行きには背負ってきたはずの荷物を受け取ると、重くてなんだかヨロヨロする。
その荷物を抱えて、更衣エリアに向かう。
ゴール後写真を撮影していたけれど、もう写真はいいや、という感じだった。
コース上、たくさん撮ってもらったもんなあ。

更衣エリアに向かう途中、足湯コーナーがあった。
いいなあ、気持ちよさそうだなあ・・・なんて眺めながら歩いていたら、またもや、名前を呼ばれた。

『 海実子さぁ~~~ん♪♪ 』

こんな感じの、ちょっと甘い声が、私を呼ぶ。
確か、コース上でも呼ばれた声なのだが、あの時とは勢いが違う。
 

声のする方へ振り向くと、足湯コーナーのすぐ脇に、nanalottaさんとRUNLOOSEさんご夫婦がいた。
もうすっかり着替えも済んで、ノンビリしているところだったようだ。
ご夫婦とは不思議なご縁で、第1回の東京マラソンのとき豊洲で応援していて、その隣で静かに応援していたのがこのお二人だった。
その後、東京マラソンで一緒に応援していたRUN友のところでRUNLOOSEさんの書き込みを見つけ、RUNLOOSEさんのブログにお邪魔したところ、あのときのご夫婦だということが判明したのだ。
それ以降、Jognoteでもリンクしていただいて現在に至るのだが、東京マラソンとご夫婦との繋がりは、切っても切れない。
今回の東京マラソンも、私にとってはお二人のことを外しては語れないのだ。

ご夫婦にご挨拶をして、更衣エリアに。
壁の影になっているだけのエリアだが、そこに荷物を置いて座り込むと、ようやく『 終わった 』という実感が沸いた。
荷物を入れたビニール袋を敷いて、シューズを脱いでその上で正座をすると、ホッとする。

そこへ、携帯に電話がかかってきた。
ガックンからだった。
結果を聞かれ、6時間半と答えると、ガックンは驚いた声を上げた。
自分より遅くゴールするとは思っていなかったのだろう。
当初は別々に帰る予定だったが、取り合えず合流しようということで電話を切った。

着替え始めるが、体がギシギシして、なかなかスムーズに進まない。
ひとつひとつ脱いで行くが、シャツ以外は雨を吸って、結構重くなっていることに気付く。
ぬれた髪を拭いて、汗を拭いて、ゆっくりと着替える。
荷物を詰めなおして、ようやく帰り支度が出来るまでには、15分以上かかったように思う。

荷物を背負って歩き出す。
途中、カロリーメイトゼリーをもらおうと声をかけるが、おしゃべりに夢中になっていてなかなか気付かない。
・・・遅いランナーに対する態度はこれかよ?
もう一度声をかけると、やっと気がつく。
そこでもらったはいいけれど、飲む気は起こらなかった。
(後で気付いたが、このゼリー、賞味期限が1ヶ月もなかった、おいおい・・・)

更衣エリアの出口で、またもや声をかけられた。
静かな落ち着いた声で名前を呼ばれた。
今度は、チーム・べジー!のけいさんだった。
ここでボランティアをされていて、私に気がついてくださったのだった。
こうして、ところどころで気付いて声をかけてくださる方がいるのは、本当に嬉しいことだ。

けいさんと握手をしてお別れし、更衣エリアを出ると、ガックンが待っていた。
成果を聞くと、
『 6時間10分くらいだったかなあ・・・』
彼にとっては3回目の東京マラソン、4回目のフルマラソンであるが、コレが初めて完走したマラソンでもある。
完走まで長いことかかったが、よく完走までこぎつけたものだと思う。

『 なにか、温かいもの飲みに行こうよ 』
ということで、途中でお茶でも飲むことにした。
私のみ、ラン仲間とのアフターがあるのだが、それまで時間がある。
といっても、帰り際に寄れる場所では豊洲駅周辺しかしらない。
とりあえず豊洲へ向かった。
豊洲の駅で、ジョナサンに寄って、暖かいものと甘いものを摂ることにした。

マッタリと・・・でもなく、真剣にレース展開を話し合っているとき。
またもやここで、声をかけられる。

『 海実子さぁ~~ん!? 』

え゛・・・?
ここで私を呼ぶ声は・・・あなたしかいませんね???

そこには、なーちゃんと、さまりすさんと、まっちさんがいた。
これからアフターをご一緒する面々が、同じくここで一休みしていた(笑)。
何しろこの店は、過去2回の東京マラソンの応援後、応援隊で寄っていた店なのだ。
会うのも偶然とは言い切れない。

簡単にガックンを紹介し、「では、またあとで」ということで、皆さんは先に店を出た。

ケーキと温かいコーヒーが生き返らせてくれた。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・11】

■ 38 ~ ゴール(速報タイム 6:30:14)

ウルウル応援団に見送られ、38km地点を通過。
後は、東雲大橋の手前にいる、いつもの仲間の所へ向かうだけ。
そこを目指して進んでいた。

豊洲の交差点を通過。
昨日、受付に向かうとき、ココで乗換えをして、
「明日はこの道を、必ず通過するんだ」
と、ガックンに言い聞かせた。
過去に2度、途中関門で引っかかっているガックンは、この豊洲の交差点まで到達したことがない。
その交差点へ、ようやく到達した・・・自分。

さあ、後はまっすぐ、あの橋まで行かなくちゃ。
と思っていたところ・・・。

三度目の正直では終わらない。
なんと、四度、私を呼ぶ声が。

『 海実子さんっっっっっ!!!!!』

今回は、特に強烈な呼び声だった。
なんだか、ものすごい衝撃を受けたような気がして横を見ると、

レインボーアフロに黄色のハッピを着た二人連れが・・・。
ぐっさんと真理ちゃんが、ココで応援していてくれた。
二人とハグして、感激。
かなり雨が降っているのに、その格好で、かなり長い時間応援していたのだろう。
しかし、この二人はパワフルで、全く疲れを見せない。
浅草橋で見つけられなかったので、この先見つけるのは無理かと思っていた。
それに、ココは、歩道と車道の間に植え込みがあって、また大会役員の目が厳しくて、応援が車道に下りるのは厳しくとがめられる。
それなのに、この二人がいたのは、植え込みから車道側に寄って、さらに縁石から降りた車道だったのだ。
まさか、ココにいるとは思わない。
いつもの仲間が待つところまで、もう50mほど。
私の目には、黄色の幟が見えていたのだ。
そんな位置で、誰かに呼び止められるとは思うわけもない。
そんな状況だったからこそ、余計に嬉しかった。
ぐっさん、真理ちゃん、本当にどうもありがとう。

二人とおしゃべりをし、送り出されてまた走り出す。
目指すは、もう見えている黄色の幟。
それが近づくにつれ、どんどん元気が出てきて、早く皆の元へと足が早くなる。
そしてようやく、黄色の幟に到着すると、とても大きな声援で迎えてくれた。

いつも一緒に応援するなーちゃん・ミーパパさん、そして雨合羽にすっぽりと包まれながら幟を持ち続けてくれたまっちさん、自宅観戦と言っていたDoさんまで来てくれて、皆で待っていてくれた。
相変わらずの雨の中、関門閉鎖まで10分もなくなっているのに、諦めもせずに待っていてくれた仲間達に会えたことは、本当に本当に感激だった。
走りながら、
「皆に会ったら、涙が出ちゃうかも」
と思ったりしたけれど、涙は出なかった。
それよりも、気持ちが良くて、なんだか喋り捲ったらしい(笑)。
涙が出る暇もなかったわけだ。

じゃあね、と言って走り出すと、応援してくれていたモトチカさんが、一緒に走り出した。
そのままずっと、歩道を併走してくれた。
併走しながら、色々と声をかけてくれる。
その声は、私だけではなく、近くを走っていたランナー達にも力になったに違いない。
「この先右折ですよ」とか、
「ココを過ぎればゴールのビッグサイトが見えますよ」とか、
「コレが最後の上りです」とか。
ガイドであったり励ましであったり、その声は残り1kmまで続いた。


ビッグサイトにぶつかり、左折するところでモトチカさんの併走は終わった。
最後は歩道へ寄って、握手して分かれようと思ったが、そこまでしなかったことを後で悔やんだ。

有明地域へ入り、風は強く雨も一向に治まる様子はなく、そんな中でもずっと励まし続けてくれたモトチカさんには、感謝してもしきれない。
本当にどうもありがとうございました。

そんな中、オールスポーツにとってもらった珍しい写真。

9_2

写真の上にレールが見えるように、ゆりかもめのすぐ下、もう目の前にビッグサイトというところで、カメラマンが座り込んでアップの写真を撮ってくれた。
たぶん、全部の写真の中で、一番気に入った写真かな、と思う。

モトチカさんと別れ、ビッグサイト入り口へ向かう直線。
なんだかとても長く感じられた。
一人旅になったからだろうか。

ビッグサイトの入り口にタイマーがあり、かろうじて29分台。
頑張れば30分を切れるかと、そこからスピードを上げた。
しかしすぐに、胸が苦しくなる。
10km過ぎの様子が思い出されたので、無理をするのをやめてスピードを落とす。

教わったとおり、ゴールの手前から両腕を上げてグリコポーズをとる。
右に行くか、左に行くか迷ったが、そのまま左側のゴールゲートへ。

グリコゴール♪♪

ゲートを抜けて振り返り、時間を確認。
おっと、腕時計を止めていなった。
ようやくタイマーを止める。

ゴールタイム 6時間30分14秒。

長かった東京マラソンを、ようやく完走した。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・10】

■35 ~ 38km(38km関門(38.3km地点)通過 6:13:22)

35キロ関門を通過すると、すぐ先を右折する。
去年試走したときは、道路の右端を走っていたから良くわからなかったが、道路の真ん中を走りながら右折すると、行く手が良く見える。

道路を右折すると・・・。
目の前に大きな上り坂が登場した。
そう、佃大橋に入るのだ。

『 うぇ~、上るのか~(汗)』
という言葉を漏らすランナーもいる。
しかし、私はちょっと違った。

よぉ~し、いくぞ~!!

そんな気持ちになった。
なにが「よぉ~し」なのか、なにが「いくぞ~」なのか、良くわからないのだが(笑)。

ココを抜けなければ先へ進めない。
ココを抜けなければ皆が待つ豊洲へ行けない。
ココを抜けなければゴールへつかない。

でも、ココは試走で経験した道。
必ず走れる。必ず進める。必ずつける。

そんな強い気持ちが、なぜだか沸いてきていた。

焦らず急がず、ゆっくりと、しかししっかりと走りながら、佃大橋を進み始めた。
どこからか声援が聞こえ、ランナーの皆が左上を見上げた。
橋の脇にある大きなマンションから、声援を送ってくれる人がいたのだ。
そこを見上げて、皆が手を振る。

ほとんどのランナーが歩いている中、ゆっくりのペースだが走りながら、前を行くランナーを追い抜いていった。
しばらく進むと、見覚えのある姿を見つけた。
スピードを上げて進み、その人に近づいて肩を叩いた。
曙橋の手前で一度抜いた、@ミーミ@さんに、ここでもう一度追いついた。
一度抜かれた@ミーミ@さんは、なぜ私が後ろからやってきたのか、かなり驚いたようだった。
また、ここで誰かに会えるとも思っていなかったそうだ。

一緒にゆっくりと走りながら、左側にはオールスポーツのカメラが見えたので、二人で一緒にポーズをとった。

8

一緒に撮られた写真は数枚。
どうやら、仲間同士と判断されると、たくさん撮ってもらえるらしい。

この後、@ミーミ@さんは足の様子を見ながらマイペースで進むと仰るので、私もマイペースで、少し前を進むことにした。

佃大橋から始まって、橋は4つ続くと思っていた。
ところが、正確には、最初のふたつは、車道のみ橋がつながっていた。
歩道を走ると、一度橋をおりて、また新たに橋を上るので、ふたつあるのだと思っていた。

佃大橋は自動車専用道なので、沿道の応援がなく、ボランティアさんのみが応援しえてくれていた。
橋が終わりにさしかかるころ、歩道が繋がり、沿道の応援が登場すると、なんだかとても嬉しくなった。

橋をおりて少し進むと、今度はまた春海橋を渡る。
そして、大きく道なりに右折し、豊洲地域へ入って行く。

「ここを進んで、豊洲駅を越えたら、そうしたら皆のいるポイントだ!」
そう思いながら、ただ前を向いて進む。
するとやがて、38kmの給水ポイントに差し掛かった。
いつものようにスポーツドリンクを取って、その後水を飲もうと思ったら・・・。


な、なんと!!
給食がある~~~!!!

初めての「食べ物」である。
いままで、どこにもなかった「食べ物」が、溢れるほどあるのである。
それは、クリームパン。
実際、お腹は空いていなかった。
なにしろ、定期的にパワージェルを摂っているので、お腹が空いて・・・という状態にはならない。
でも、ここで、給食を摂らないわけには行かないだろう。
二度とない経験かも知れない。
ここで食べなければ。
パンを1個もらうと、「もっとどうぞ」と言ってくれる。
いえ、口はひとつしかありませんから。
(手はふたつあるけど)

パクっと食いつくと、やっぱりクリームパンだったhappy02

(あとで、ガックンに聞いてみた。
 「38kmの給食で、クリームパン食べた?」
 「いや?」
 「えー、クリームパン食べなかったの?」
 「いや、アンパンだった。」
 ガックンは、クリームパンよりアンパンが好きなので、
 それはそれでラッキーだったと思う。
 私も、アンパンよりクリームパンが好きだから、ラッキーだった。)

でも、1個全部は食べられないので、半分くらい食べて、残りは申し訳ないが、ゴミ箱へ捨てさせてもらった。
そして、最後に水を飲んで走り出そうと、水をもらって、飲んでいる、そのとき・・・。

『 海実子さんっっっっっ!!!』

三度、私を呼ぶ声が。
だ、だれっ!?!?

佃大橋から雨が強くなりだし、この地点では結構な降りだった。
(だからパンは、ビニール袋から出しながら渡してくれた)
そんな中、誰が自分を呼んだのかと、一瞬耳を疑ったが、目の間にいたのは、雨合羽を着た、湘南仲間のしーさんだった。

『 しーさんっっっ!!!』

嬉しさのあまり、しーさんに抱きついて喜んでしまった。
皆が先にいるからと言われ、先へ進むと、「ウルウル応援団」が待っていてくれた。
飯田橋で応援してくれたマコッチ・coconutさん・おーじさん、そしてここには、イメルダさんもいた。
マコッチともハグして喜び会う。
こんな雨の中、長い時間待っていてくれたなんて~。
感激もの、まさに「ウルウル」である。

coconutさんやイメルダさんが体や空腹を気にしてくれるが、私自身が結構元気なものだから、どうやら驚いたらしい。
私からすると、仲間に会うたびに元気になっていったような気がする。
こんな悪天候になっても、待ち続けていてくれた仲間がいることに、本当に感激してしまった。

うれしい気持ちのまま、ウルウル応援団とお別れして前へ進む・・・。

と、どうやらここで、38kmの関門を通過したらしいが、私自身覚えていない。

38km関門通過。
残り時間8分40秒。
これでようやく、完走できると安心できた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・9】

■30 ~ 35km(35km関門(34.6km地点)通過 5:29:42)

30kmの関門を無事通過したので、少し歩く。
この辺りでは時折強い風が吹くので、歩いていると寒くなり、また走り出す。
そんな繰り返しだった。

たしかに、試走のときも風が巻いて、どっち方向から吹いているのか良くわからなかったっけ。
反対車線では最後尾の車とバスがゆっくりと走っているのに遭遇する。
品川から日比谷へ向かうときもそうだった。

ぼんやりと、何か考えたりしているうちに、コースもあまり良くわからず、ただ走ったり歩いたりという感じだったが、浜町中ノ橋の交差点に来ると、その先はあまり遠くないような気がした。
それが、試走をしたことの効果だろう。

茅場町一丁目の交差点を右折した後は大変だった。
前へ進むのも大変な程の風が吹く。
帽子が飛ばされるかも知れないと思いながら、顔を下へ向け、帽子のつばがめくれ上がらないようにする。

そんなときでも、草加のおじいさんは、「おせんべい食べてね!」を繰り返しながら走っている。

日本橋の交差点を左折して、いよいよ銀座へ向かう。
反対車線を走るランナーはいないけれど、道路は開放されていない。
まだまだ、ランナーの専用道路になっていた。
銀座が近づいてくると、あることに気付いた。
信号が、全て赤になっている。
それまでは、通行止めになっていることが前提で、信号はお構いナシに動いているところがほとんどだった。
いや、それしか気付かなかった。
銀座に入ると、信号が全て赤。
そして、ある一箇所だけ、緑になっている信号がある。
それが、築地へ向かう左折の場所、銀座四丁目交差点だということはすぐにわかった。
あそこまで行けば、左折だ。
そういう目印があることはとても嬉しかった。

そのまま進んで、四丁目の交差点に入るのだと思っていたら、ちょっと違った。
道路の左側を走っていれば良いと思ったら、パイロンで道路の右側に誘導される。
三越の前ではなく、向かい側の山野楽器・木村屋の前を走る。
歩行者も閉鎖されていたので、いよいよ歩行者の誘導が始まったようだ。
道路の真ん中に柵をつくり、そこへ歩行者を誘導させて、一斉横断をさせるらしい。
そのために、我々ランナーは、一旦道路の右側に誘導されて、そして四丁目の交差点を左折する、ということになったらしい。

銀座四丁目を左折する。
次に目指すは築地。
去年、とだひさん・さなえちゃんさん・SHUKOさんと一緒に試走したコースに入る。
また、築地モーニングで何度か来た場所だ。
歌舞伎座を目指し、築地場外までもう少し、というところで左折する。

左折してすぐに、思いもよらぬことが起きた。

『 海実子さんっっっっっ!!!!!』

またもや、激しく私を呼び止める人がいた。
そこには、
りこさんがいた。
祝田橋で、とだひさんと一緒にいるだろうと思ってたのだが、残念ながら会えなかった。
とだひさんに、
「りこさんが、海実ちゃんを見つけられないって気にしてたよ。」
と聞いていたので、ココで会えたことはとても嬉しかった。

普段我々と一緒のときは、キラキラとした瞳でかわいらしく、決して賑やかにしないのに、時々鋭いツッコミで笑いを取るりこさんが、渾身の力を込めて私を呼び止めてくれた。
ここでも立ち止まり、しばしおしゃべり。
間もなく坂の上り坂が始まるな~、などと考えていて、誰かに見つけてもらえるなどと全く思っていなかった場所なので、思いがけない驚きで、とても嬉しかった。

りこさんに手を振りお別れ。
そして、前には35kmの関門があった。

35km関門通過。
残り時間2分20秒。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・8】

■25 ~ 30km(30km関門(30.0km地点)通過 4:44:18)

25kmの関門を越えても、そこでは歩き気は起きなかった。
関門アウトの焦りもなかったし、このままずっと走っていられそうな気分だったので、ペースを上げずにそのまま走り続けた。

25kmの関門を越えるとき、タイマーの上に表示があった。

『 次の30kmの関門閉鎖は14:00です 』

区切りの良い時間だったので、自然と頭に入った。
14時までに30km関門を越えれば良い。
今走っているペースがどのくらいだとか、そんなことは全く考えず、ただただ
『 14時まで、残り何分 』
と、ただそれだけを気にしていればいい。
気持ちは楽だった。
そして、関門に引っかかるような気はしなかった。

関門を越えてからも、ところどころでランナー達に声をかける。
ここでも、誰かに抜かれることは全くなく、抜いて行くことばかり。
ほとんど、歩いているランナーばかりだから。

『 頑張りましょう~。最後まで諦めずにいきましょう~。 』

すると、追い抜いた一人の若い女性が、
『 あっ!このままついていこうっ!』
と言って、私と一緒に走りだした。

『 このまま行ったら、次の関門に間に合いますか?』
そう尋ねてくる。

『 このペースなら、間違いなく、間に合いますよ。』
頭の中には14時という時間があったので、距離がどのくらいということもあまり気にせずそう答えた。
女性は、私の半歩斜め後ろを走ってくる。
人がついてくるというのは何となくプレッシャーになるけれど、ゆっくりのペースだし、もし彼女が私を抜いて前へ出るとすれば、それは彼女にその力が残っているということ。
自分はこのまま、何とか最後まで行き着くためには、力を温存しておかなければならないし、今ペースを上げる力は、どこをどう絞ってもでてこない。
なので、そのままのペースで走り続けた。

しかし、やがて、彼女の足音はついてこなくなった。
どうやら、また歩き出したらしい。

25kmの給水所で、それまで敢えてやらなかったことをやってみた。
給水所のテーブルは、半分以上がたたまれて、コンパクトになっている。
その分、給水ボランティアは作業がなくなり、コース上に並んで応援してくれていた。
手を振る人、ハイタッチを求める人がいたけれど、それまではそのハイタッチには答えられずにいた。
ハイタッチをすると、その反動で押された腕(腕も肩も背中も)に痛みが走るからだ。

しかし、そこではやってみた。
並んでいる10人近くの、どうやら高校生らしいボランティアの集団が見えたので、左側に近づきながら、左手を大きく上に上げる。
すると、その集団は、ワーッと手を高く上に上げた。
その手にハイタッチしながら、その前を通過すると、ひときわ大きな声で応援してくれた。

何だかじーんと来てしまった。
こうやって触れ合いながら走るのが、東京マラソンの醍醐味のような気がした。
腕や肩の痛みは覚えていない。
それよりも嬉しさのほうが大きくて、じーんときているのにニンマリしながら走っていた。

やがて浅草橋の駅前へ来た。
ココには、Jognoteのぐっさんや、マシンガンズのはるまさんがいるらしい。
キョロキョロしてみるけれど、それらしい人は見つけられない。
ぐっさんのコスチュームの、レインボーアフロと黄色のハッピは目に入ってこない。
反対車線にいるのだろうなと思ってそちらを見るが、見つけられない。
こんな遅い時間だから、仕方ないなと思いながら走る。
走りながら、なーちゃんとの試走を思い出し、もうそんなに行かないうちにあ浅草に着くはず、そう思い続ける。

やがて、浅草駅前に着く。
目の前に雷門の大きなちょうちんが見える。
そこへ向かって、行くと、ものすごい応援の人垣になっていた。

ずっと、前になり後ろになって走るおじいさんがいた。
そのおじいさんは、自ら応援を盛り上げるように話しかけていたらしい。
応援の人垣に向かって、
『 この辺りは静かだなあ~。』と言ってのけた。
すると、沿道から急に声がかかり始めた。
もう、かなり長い時間応援をしていた人たちなのだろう。
応援し疲れちゃったのかな。

もう一人、やはり前になり後ろになり走っているおじいさんがいた。
そのおじいさんは、「草加走友会」(だとおもう)と書かれた緑色のTシャツを着ていた。
応援の声がかかると、
『 おせんべい・・・・(?)・・・・』
と言っている。

おせんべい、ちょうだい、と言っているのかなあ?
ずっと、エイドに食べ物ないもんなあ・・・。

と思っていたら、全く違った。

『 おせんべい、食べてね!』

と言っていたのだ。
な~んと、草加せんべいの宣伝をしながら走っていた。
恐るべし!草加せんべい!!

浅草寺を折り返し、間もなく浅草駅、というところで、またもや声をかけられた。
・・・両親だった。
なんと、曙橋から応援ポイントを変えて待っていたのだ。
待ち時間が長かっただろうに、良く待ってたなあ。。。ご老人なのに。
ありがとう。

浅草駅を越えて、試走のときは風が強かったことを思い出した。
この辺りでも確かに風吹く。
特に、交差点に差し掛かると風が吹いてくる。
走っていないと寒いので、やはり走り続ける。

浅草橋を通過するとき、またもやぐっさんを探してみるが見当たらない。
おやっ?レインボーアフロに黄色のハッピの人がいる!!
しかし、妙に長いハッピ、それに数人の連れがいる。
その人は男性だった。
はるまさんも見当たらない。
もう、かなり遅いからなあ。
人を探すのは諦めた。

しかし、程なくして、

『 海実子さんっっっっっ!!! 』

と声がかかった。
見ると、おぉ~、はるまさんではないか!!
なんと応援のメッセージボードを持って待っていてくれた。
近づいて、しばしおしゃべり。
はるまさんは、私の名前を書いたボードを見せてくれる。
他にもいくつも用意してあって、ランナーに合わせて換えていたらしい。
立ち止まると寒くなると思ったらしく、私を気遣い
「早く行って!」といってくれる。
はるまさん、お忙しい中、お待たせしてすみません。
待っていて下さってありがとうございました。

はるまさんに元気をもらって、また走りだす。
ここでも、ダメになる気はしなかった。

そして、30kmの関門に到着。
一昨年、ガックンが引っかかった30kmの関門である。

無事に、30km関門通過。
残り時間、5分40秒。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・7】

■20 ~ 25km(25km関門(25.0km地点)通過 4:02:35)

リタイアも辞さない状態だったのは、給水所につくときにわかる。
10kmごとにパワージェルを摂ろうと思っていたのに、給水所でパワージェルをポーチから出して用意していなかったのだ。
給水所の手前でパワージェルを摂り、すぐ水を飲むようにしていたのに、そのことをすっかり忘れていた。
レースを捨てたわけではないので、あわててポーチから取り出し、切込みから引きちぎってギュっと絞りだし飲む。
普段なら、きれいに絞りだすのだが、力任せに握って、いくらか残ったままパッケージをゴミ箱に捨てた。

給水所を後にして、間もなく日比谷の交差点というところで、

『 海実っちゃんっっっ!!! 』

と名前を呼ばれた。
沿道を見ると、とだひさんがいた。
待ちくたびれたのであろう、とだひさんはガードレールに座って、ピュレグミを食べているところだった。
私も、ここにいるとは思わなかったし、もうずいぶん遅いから、諦めて帰っただろうと思い込んでいたので、ふいに名前を呼ばれて驚いた。

途中で雨も降ったのに、長いこと待っていてくれて、本当に感激した。
そのうえ、
『 ピュレグミ食べる? 』
と、出してくれたのだ。
あの、湘南国際のエイドでもありつけなかったピュレグミ・・・疲れている体に、レモン味はとても美味しかった。

せっかく会ったのに、すぐにお別れするのは淋しい。
少しだけ、立ち話をする。

調子が良くなくて、歩いたり走ったりの状態になったことを話す。
そして、
『 もしかしたら、ダメかも知れない。』ともらす。
もらすというより、本当にダメだったときの、予防線だったかもしれない。

それに対し、とだひさんは、『 ダメだよ 』 とか 『 諦めないで 』なんてことは言わずに、『 うんうん 』と話を聞いてくれる。
それで少し、力がゆるんだ。良い方向へ。

じゃあね、行ってくるね、と言って分かれる。
とだひさんが、私の後姿を見送ってくれた。

21km
Photo_2

(後で聞いた話だが、とだひさんは運良く、雨には当たらなかったそうだ。雨が降ったときは偶然にも地下を移動していて、全く雨の影響はなかったらしい、良かった。)

日比谷を右折し、有楽町のガードをくぐる。
この先、銀座4丁目の交差点を左折。

浅草から戻ってきたランナーが反対車線を走っている。
そのランナーはけっこうひしめいているのに、こちらのランナーはまばら。
浅草への往復が約13kmあるから、13kmの差がついているということだ。

反対車線に34kmの表示があり、
「いいな~、うらやましいな~」と思う。

高島屋の前を通過。
この辺りだったか、反対車線から大きな声で、

『 海実子さんっっっ!!! 』
と女性から呼ばれる。
こんなところで?と思ったけれど、こんなところで・・・つまり、この差で、こんな風に・・・大きな声で、名前を呼ばれたことがある。
湘南国際のときだった。
あの時と同じ、nanalottaさんが反対車線の私を見つけて声をかけてくれたのだった。
nanalottaさんは、鮮やかな濃いピンク色のランドレを着ていたので、小柄だけれどすぐに見つけられた。
ありがとう~♪ と返事をする。
よく、こんな中で見つけてくれたな、と嬉しくなる。
やっぱり、目立つ色のシャツを着ただけのことはあった。

何しろ、私は反対車線を走る友達を、一人も見つけることができていない。
湘南国際のときは、積極的に中央ラインに寄って、反対側を走ってくる仲間を見つけようと目を凝らした。
しかし、それもけっこう疲れること。
それに、今回はランナーの数が、比にならない。
無理して誰かを探すより、沿道の応援の中に仲間を見つけることを選んだ。

さて、この辺りから、少し気持ちが変わってきた。
21km地点でとだひさんに会えたこと、その後走るnanalottaさんに声をかけてもらったことも私の背を押しているように思ったが、一番の影響は試走だった。

 そうそう、ここは、なーちゃんと一緒に試走した道。
 あの時は楽しかったな~。
 あの時は、ちゃんと最後まで走れたんだよな~。
 この道、覚えてるな~。

試走の経験と楽しい思いが、前へ進めていたように思う。
あの時楽しかったのだから、そう思うと、それまで歩いたり走ったりを繰り返していた足が、自然と走りだした。
ゆっくりではあるけれど。

間もなく25kmの関門、というところ。
周りは歩いているランナーばかりで、ごくごくゆっくりペースの私でも、抜いているばかり。
私を抜いて行く人は一人もいない。

湘南国際のときのsumiちゃんを思い出した。
歩くランナーばかりの中を、6時間のペースメーカーをしながら、周りのランナーに励ましの声をかけていた。
私も自然と声が出た。

『 がんばりましょう♪ 最後まで、諦めずに行きましょう♪ 』

誰に、と定めているわけではなく、声が届くランナー全てに語りかけているつもりだった。
声を聞いて、下を向いて歩いていたランナーが、ふと視線を上げる。
声の主が、走っているとはいえとてもゆっくりペースなのが、救いになったかもしれない。
うんうんと、頷くように首を振る人もいた。

何だかこのまま、止まることなく走り続けられるような気がしていた。

25kmの関門通過。
残り時間3分30秒。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・6】

■15km ~ 20km(20km関門(20.4km地点)通過 3:10:52)

関門のピーピーマットを通過する。
もうあとは、救護所を見つけて、そこで休ませてもらって、収容車に載せてもらって、ゴールまで連れて行ってもらおう。
次の救護所はどこなんだろうな・・・。
そんなことだけ考えていた。

この頃は雨が降り出し、どんどんと強くなってきていた。
足元のアスファルトに水溜りが出来る。
そこに踏み込まないようによけながら走る。
沿道のまばらな応援も傘をさす人が増えてきた。
ごめんね、こんな雨の中で応援してもらって、ごめんね。
そう思っていたが、応援に答える元気も出ない。

収容車でゴール連れて行ってもらって、早く家に帰ろう。
家に帰ったら、温かいお風呂に入って、少し眠ろう。

豊洲で待ってくれている皆にメールをしなくちゃ。
いつまでも待たせるといけないから、早くメールをしなくちゃ。
『 ごめんね、ゴールまで行けなかった。』
とメールをして、説明はアフターでしよう。
アフターに行かなくちゃいけないから、早く家に帰って休んだほうがいい。
そんな風に考えていた。

でも、さっきの15kmの関門で、残り時間が15分あった。
この先も、5kmごとに関門が来るのに、そこを通過するのに頑張ろうとしないのか?
このまま、ダラダラと走ったり歩いたりで、目の前で閉鎖される関門に引っかかっても平気なのか?
もし、目の前で、残り10秒となったら、思い切って走って、関門時間より前に駆け抜けようとしないのか?

なにも、自分から志願して、この試合を放棄しなくてもいいんじゃないか。
このまま、ダラダラと走ったりしていれば、そのうちに必ず関門にひかっかる。
上手くすると、関門をギリギリで通過できるかもしれない。
自分から放棄するのではなく、
『 アウト!!』
と言われるまで、前へ進むのがフェアじゃないか?

何となく、そんな考えが出始めた。

10km過ぎの給水所で、かなりしんどくなってきていたときだったのだが、ボランティアの男性が叫んでいた。
『 おい、しっかり走れよ!!俺は落ちたんだからさー!!』
そう言われて、
『 そうだよね・・・』
と言って走り出す人もいた。

そうだよ。
走りたくても、走るチャンスを与えられなかった人たちが、我々の7倍以上いる。
運良くもらったチャンスを、自ら捨てるのはフェアじゃない。

目の前にロープを張られるまで、前へ進むことを決めた。
走れなくなったら歩けばいい。
その結果、関門でアウトになっても仕方ない。
でも、自分からは止めない。そう決めた。

やがて、芝公園あたりにやってきた。
この頃はもう、半分諦めの気持ちもあって、歩いていた。
なのに、なぜか捨てきれない気持ちもあって、できるだけ歩くペースをあげようとしていた。

このまま、関門で引っかかれば必要なくなってしまうかもしれないから・・・このへんで、エネルギーを補給しておこう。
ここでエネルギー補給に使えば、大活躍だ。
そう思って、西神田でNAOMIさんにもらったチョコレートを取り出した。
可愛いスティッチの袋に、可愛いチロルチョコが5個入っていた。
それを一気に、もぐもぐと食べだした。
残しておくなら、今の力に使ってしまおう。
そんな気持ちだった。

なんと、チョコレートが美味しいことか!!
最後に食べたのは、パンプキン味だった。

チョコレートを3個くらい食べて、もぐもぐしながら歩いていると、道路の中央よりにボランティアさんが集まって応援してくれていた。
その端っこにさまりすさんがいた。
本当なら近づいて話をしようというところなのだが、チョコレートを食べていたことと、もうかなり力も抜けて、近づく元気はなかった。
ちょっと驚いたさまりすさんに、手を振ってその場を通過した。

チョコレートを全部食べると、何となく元気がでてきた。
チョコレートのおかげかどうかはわからない。
雨も上がって、少し気持ちも落ち着いた。
さて、少し走れるかな・・・ゆっくりと走りだす。
前方に木立が見える。
日比谷の交差点が近づいているようだった。

そして、20kmの関門を通過。
残り時間は12分だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いざ、東京!!【当日編・5】

■10km ~ 15km(15km関門(15.4km地点)通過 2:23:09)

10kmの給水ポイントで、パワージェルを1個摂取。水を飲む。
アミノバイタルも飲む。
ここまで思っていたより暑かったので、水分はきちんと摂っておくことにする。

胸の痛み、心拍上昇を実感していたが、実はこの頃、腹痛も起きていた。
いつもの、もう何年もわずらっている、右上腹部。わき腹というほうが正しいか。
肋骨の下辺のあたり。
そこにじわーんと痛みが。
走っていて、ココが痛くなることは時々あるが、走れなくなるほどの痛みは出なくなった。(走り始めの頃はあったけれど)。
しかし、ここは、腎結石疑いの時に、さんざん痛みがあった部位。
時々痛みが出ても仕方ない。

何日か前に、雑誌でだったか、走っていて腹痛が出たら、そこを揉んでみる、と書いてあった。
それをまねて、揉んでみる。
揉む、というより、束ねた指で押してみる。
そうすると、確かに痛みが軽減するような気がする。
しかし、やがて、左の下腹部も痛くなった。
ココが痛くなるということは、大問題発生か?と不安になったが、そもそも普段走っているときに大問題が発生することは、まずない。
それに、痛み方が、大問題発生のような痛みではない。
何でこんなところ痛くなるんだろう?と思いながら、様子を見る。

呼吸、胸の痛み、心拍、右わき腹痛、左下腹部痛。
どれも激痛ではないけれど、心理的には追い詰められていくような感じがわかった。
どこかで、休んで、まずは心拍を下げたほうがいいなあ。
それと同時に、腹痛も引くかも知れないし。
そう思いながら、どうやって休むかを考えていた。

何となく、トイレに行きたい気がした。
レース中、トイレに入った経験はない。
がまんしきれてしまうのである。
しかし、何となく・・・と思ったので、それを理由に休めばいい、そう考えた。
どこのトイレにすればいいか・・・どこも行列だし。
そう思ったとき、芝公園を通過した。
芝公園の仮設トイレは、10基くらいあって、1列に並んだランナーを担当ボランティアが裁いているのが見えた。
たぶん、あれがさまりすさんだったとおもう。
風体がそんな感じに見えた。

そこで、トイレ休憩、と割り切ればよかったのだ。
仮設トイレの数が多くて、回転もよかったし。

しかし、通り過ぎてしまった。
その先にも、仮設があるだろう、数もあるだろう、そんな風に思ってしまった。
通り過ぎて、「やっぱりあそこがいいか?」と思い直し、戻ろうかともおもったが、たとえ短くてもコースを逆走することがひどく悪いことに感じられて、遠慮した。
そしてまた、前へすすんだ。

こうなると、あとはトイレの場所を探してばかり。
ものすごく行きたいわけじゃないのに、トイレばかりを探す。
そして、次に見つけた公衆トイレに並ぶことにする。

これが、間違いだった。
何しろ、レースでトイレに寄ったことがなかったから、トイレの選び方を知らなかったのだ。

あとでわかったことだが、ここのトイレは個室が1つしかなかった。
何となくその広さから、個室が2つあるものだと思って並んだのだ。
並んでいた人数は10人弱。
なのに、なかなか列は進まない。
それに皆、脱ぎ着が大変なのだろう。一人一人時間がかかっている。
ここでロスした時間、10分以上。

トイレを待つ間、心拍が下がってくるかと思ったら、なかなか下がらない。
このポラールを買うとき受けた講習会で、「上がった心拍の下がり方に注意することも必要」と言われた。
もう、止まって、足踏みもせずに止まっているのに、なかなか心拍が下がらない。
やっぱり、トイレ休憩を取ってよかったのだな、と思いながら自分を納得させた。

ようやく、あと2人というところまできたとき、コースをゆっくりと走って行く、赤いロングTシャツを着た、体のデカイ男が見えた。
隣に誰か並んで走っていた。

「 あ、まっちゃんだ・・・!」

思わず、口に出して言ってしまった。
後で話題になる、お笑いの松村邦洋だった。

去年、彼は35kmの関門で時間切れにあっている。
そのすぐそばを走っていた相方は、もちろん一緒に関門アウトになっている。
今、彼に抜かれたということは、どこかの関門でひっかかる可能性大、ということだ。
・・・! というのは、そういうことをあらわしている。

正直、焦った。
もう、トイレなんかで休んでる場合じゃない、と思った。
でも、自分の順番はあと2人。
ここで、飛び出して行ったって、ロスした10分あまりの時間を稼ぐことは不可能だし、トイレも済ませておいたほうがいい。
焦る気持ちはあったけれど、そのままトイレを済ませることにした。

トイレからでて、ゆっくりと走り出す。
体も休めたし、心拍もようやく落ち着いたし、腹痛も治まってきた。
しかし、調子は最悪。
すぐに息が上がって、胸が痛い感じはするし、またもや腹痛が復活。
心拍はそれなりに徐々に上がってくる。

ここあたりで、「しんどいな」と強く思うようになってしまった。
このまま走っていっていいのだろうか?
どこかで、ひどく不調になったら・・・それは、まずい。
それなら、早々にリタイアしてしまったほうが、ダメージが少ないのではないか。
そんなことを考えながら走っていたが、走る気持ちが折れてしまい、歩き出してしまった。

やっぱり、品川は相性が悪いなあ・・・。

試走で2回走っているが、2回とも折り返しまで到達できなかった。
それを経験していない、ということが、不安な気持ちに拍車をかけていたのかもしれない。
歩き出せば、どんどん時間をロスする。
しかし、なかなか走り出すことができない。
回りもかなり歩いていて、たまにゆっくりとしたスピードで走る人はいるが、かなり歩いている。
ただ、まだ距離がそれほど進んでいないので、歩くスピードの速い人もいる。
自分が歩き出すと、速い歩きの人に抜かれてしまう。
それも焦りをあおった。

ちょっと走って、歩いて、またちょっと歩いて・・・。
そんな感じになっていった。

まだかな、折り返しはまだかな・・・。
関門を越えた先の救護所で、リタイアしよう。
無理しないほうがいい。
そんなことを考えながら進んでいたとき。

折り返しからの復路との間を仕切っている中央分離帯近くに、倒れている人がいるのに気がついた。
赤いロングTシャツを着た、体のデカイ・・・。
周りに何人かの人がいて、救護している。
・・・まっちゃんだ。
さっき抜かれたまっちゃんが倒れている。
そこに立ち止まって様子を見る気持ちの余裕はなかった。私はそのまま進み続けた。

そこから、500mくらいだったろうか、品川折り返し地点まできた。
折り返し地点の向こう側には、ハイブリッドはとバスが2台、「ハ」の字型に停まっていた。
このバスが、関門アウトになったランナーを収容して運ぶ「収容車」なのだ。

折り返して少し行くと、ピーピーマットが敷いてあり、15kmの関門を通過した。
残り時間、15分だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »