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2009年11月

室内改造計画:4

あれから5ヶ月、我が家にとうとう、新しいキッチンキャビネット(食器棚)がやってきた。

 ⇒ 室内改造計画:3

当初、11月上旬に納品できるという連絡をもらっていたのだが、湘南国際マラソンへの参加や、つくば・大田原マラソンに応援に行くことを決めていたため、予定のない休日がなかなかなく、ようやく11月27日の納品ということになった。

新しいものが入るということは、古いものを捨てる(片付ける)ということでもある。
新しいキッチンキャビネットが入る場所には、古い食器棚がある。
その中には満タンに食器が詰め込まれており、それは直前まで使わなければならない。

さらに、古い食器棚は 『粗大ごみ』 として処分しなければならず、粗大ごみの収集手配もした。

納品の前日11月26日は、毎月恒例の会議があり、午後7時過ぎに終了した。
その後、毎月恒例の夕食会(つまりは飲み会)で、毎回恒例の寿司屋に行ったのだが、食器棚の片付けもあり早々に退散するつもりでいた。
ところが、いつものメンバーにプラス、酒飲みの課長代理が途中乱入し、いつまでたっても終わりそうにないので、「さあさあ、帰りますよ!」と宣言し、会計を済ませて店を後にした。

予定より1時間半くらい遅くなったが、それでも11時ごろには帰宅した。
さて、そこからいよいよ、片付けなのだが・・・。

食器棚を運び出すのに、力仕事になるだろうということで、相方のガックンに運び出しを依頼しておいた。
私の帰宅が遅くなったので申し訳ないなー、などと思っていたが、何故かガックンからの連絡がない。
とりあえず、食器棚の中の食器を出し始める。
ダイニングテーブルの上に新聞を敷き、その上に食器を並べ、積む。
そうした作業をしながら、ガックンからの連絡を待つが・・・来ない。

とうとう、食器の中のものを全部出してしまったが、それでも連絡は来ない。
食器棚を動かさない限りは、その下の床を掃除することができない。
どうしたものかなー・・・と思っていたが、待っていても来るような気がしないので、自分で外に出すことにした。

翌日27日に粗大ごみが収集されるように手配していたので、朝の8時までには出さなくてはならない。
しかしねぇ、朝の出勤時間帯に、大物を運び出しているのも迷惑だし、人に観られるのもいい気分じゃないので、この夜中に出してしまおうと決心した。

家の中を引きずると、フローリングにキズがつくので、食器棚の下にバスマットを咬ませ、玄関までは滑らせて運ぶ。
玄関からは、廊下にキズをつけないように、少しずつ持ち上げながら移動して、エレベーターに乗せ、エントランス脇まで運んだ。
しかしそこは、ごみ集積所で、翌朝は「可燃ごみ」が出される。
ココに置いては邪魔になると思い、3mほど先の敷地の端っこに置いた。
それから一度家に戻り、オーブントースターも運び出し、両方に粗大ごみシールを貼っておしまい。
コレで明日の朝には撤去してくれるだろう。

さて、家に戻って。
食器棚の横においてあったワゴン、コレはそのまま、何度に押し込んでおくことにした。
新しいキッチンキャビネットが入ったら、必要なものは移動し、不必要なものは処分すればいい。
そうして、新しいキッチンキャビネットを置くスペースが確保できたので、掃除機をかけ(夜中にすみません)、拭き掃除をし、ついでに壁もウエットシートで拭いておいた。

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つくばマラソン&大田原マラソン 応援記

つくばマラソン2009

11月22日(日)、つくばマラソンの応援に行ってきた。
つくばの応援に行くのは、これで3年連続。
上野に近い我が家からは、比較的行きやすい場所かと思う。

しかし、つくばといえば茨城県。
川を渡ってすぐ近く、というわけではなく、家からは1時間半程度かかる。
それでも、9時半のスタートに間に合うように到着すればよいわけで、参加者よりは数段楽である。

8時半過ぎくらいに、会場最寄り駅の研究学園駅に到着するように、つくばエクスプレス(TEX)の区間快速電車に乗る。
確か、快速電車でも臨時停車するはずだったと思うのだが、乗車駅の秋葉原では、臨時停車のアナウンスも、電光掲示板の表示もなく、そのまま終点つくばまで運ばれるのも困るので、区間快速にした。

早め早めの行動。先を読んでの行動。
2週間前の湘南国際のときは、頭が回らず、考えがことごとく裏目に出たのに比べると、今日はなかなかキレが良い。
研究学園駅での停車駅を考えて、乗車車両を選ぶ。
こうすれば、下車したときに、すぐにエスカレーターに乗れる。

案の定、研究学園駅ではエスカレーターのすぐそばに降りられたので、エスカレーターを駆け下り、改札もスムーズに抜け、そのままマラソンシャトルバス乗り場へ小走りに。
ぐるっと回ってバスキップ売り場のテーブルへ向かい、チケットを買ってそのまま先頭のバスに乗り込む。
いや、スムーズスムーズ。

会場へは10分あまりで到着。
9時にはまだかなり時間がある。

黄色の幟を見つけて、べジー!の陣地へ。
既に支度をし終えた人、うつむき加減で「寒い寒い」と言っている人、ピカチュウのお面を用意している人(笑)、などなどなど、今日頑張る仲間達に挨拶をする。

フルマラソンのスタートは9時半、10kmのスタートは10時20分。
9時を過ぎて、フルの参加仲間がスタート地点への移動を始めた。
私も少し早めに応援ポイントへ移動。
応援ポイントは、いつもと同じ、競技場外周路から競技場へ入る分岐点。
その少し手前がバスレーンになっていて、見通しが良くなっていたので、今年はそこで応援することにした。
ポツポツと降り出した雨は、バラバラと少し強くなったけれど、雲の様子から見るとこのあと大降りに張る気配はない。
ただ、寒いことには間違いない。

後から、10kmに参加するべジー!のまっちさんとゆらさんがやってきて、3人で応援する。
去年までは、この外周路を1周半してから町の中へ出て行ったので、ここで2回応援することができたが、今年は少しコースが変わって、この場では1度しか応援ができない。
ここで見つけておかないと、最後まで応援できない可能性もある。
やがて、ランナーがやってくる。

いやいや、凄かった。
ここは、スタートから1kmないくらいの位置だと思うのだが、トップランナーから最後尾のランナーまで、16分かかっていた。
参加者が多いので、こんなに時間がかかるのだ。
大学構内といえども、そんなに道幅が広いわけではないので(といっても、充分な道幅だとは思う)
、縦に長くなってしまうのは仕方ないのだろう。
ずっと途切れない集団のなかから、仲間を探すのは容易であはなかったが、ランナーのほうから見つけてくれて声をかけてくれたり。
毎年同じ位置で応援していることと、黄色の幟が目立つからだろう、向こうも良くわかっている。
実は18人もの友達がフルマラソンの部に参加しているので、全員を見つけるのは到底無理と思っていた。
ここで見つけられない場合は、ゴール前で見つけるしかない。

15分が過ぎた頃、最後尾に近い位置で 「海実子さんっ!!」 と声をかけられた。
ピンク色のビブスを着たしゃむたさん。上から雨よけのビニール袋を被っていたので、ビブスが良くわからなかったが、向こうが私を見つけてくれた。
しゃむたさんとは、信頼のロープで繋がったブラインドランナーのAMさんが一緒に走っている。
馬鹿でかい声で二人にエールを送る。
AMさんも自分の名前が呼ばれ、声のするこちらに向かってニコッと笑ってくれた。
しゃむたさんがAMさんに何かを話しかける。この馬鹿でかい声の持ち主が、自分の友達だと伝えてくれたのだろうか。
雨と人ごみの混乱を避けて、ほぼ最後尾でスタートしたのだろう。
慎重派のしゃむたさんらしい選択だなと思った。
最後尾に近いといえども、二人の足取はしっかりしていて、きっと元気にゴールへ戻ってくるだろうという確信に近い予感がした。

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フルを見送ると、10kmに参加する二人は支度をしてスタート地点へ移動する。
私はちょっと心配なことがあって、会場付近をウロウロし始めた。
女子更衣室になっている建物の外に仮設トイレが10基ほどあったので立ち寄る。
それからぐるっと回って、物販の並んでいるところへ。
そこで使い捨てカイロを買う。
普段、お腹が冷えるなんてことはまずない私だが、今日の服装ではちょっとお腹が冷えそうだった。
雨をはじくハードシェルに内側はダウンのコンビで雨の心配はないが、中にきていたセーターは裾にリブ編みがないタイプだったので、下から冷気が入ってくる。
お腹が冷えそうな気配がして、カイロを買ってお腹に貼った・・・よほど寒かったのか、なかなか温かくなってこなかった。

しばらくウロウロとしたあと、先ほどの応援ポイントに戻り、10kmの部を応援。
10kmの部にとっては、ここは5km地点とゴール前500mの位置になる。
応援するには丁度良いポイント。

まっちさんは、キャップのつばを後ろに向けて、おでこの上にピカチュウのお面をつけ、左手にピカチュウのパペットをつけたいでたちで登場。
今日はゆっくりJogなので、真ん中くらいの位置で通過した。
ゆらさんはゴール前で発見。というより、ゆらさんにみつけてもらった。
べっぴんさんのゆらさんが、ますますべっぴんさんになる最高の笑顔でやってきた。
後で話を聞くと、思うような走りができて、自然と笑顔になったとか。
気持ちよく走れたんだな~。よかったよかった。
まっちさんもピカチュウで目立ちながらゴールへ向かう。
世界のアイドルというところだな。

ちなみに、10kmの部の女子のトップはこの人。

Dsc02816

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10kmの部の最終ランナーがゴールしないうちに、フルのトップが戻ってきた。
速い・・・。さすがだ。

仲間で一番早く戻ってきたのはJちゃん。
想像していたより早く戻ってきたので、応援の(カメラの)準備ができていなくてビックリした。
でも、ずっと声援を送っていたので、声をかけることはできたけど。
ゴールタイムは2時間42分台。
来年2月の別大の参加基準を持っているJちゃんは、これで来年12月の福岡国際の参加基準も突破したわけだ。

今回、別大の参加基準を狙っていたNさん。
Nさんが走る近場の大会は、結構応援に行っていて、そのたびに自己ベストやサブ3を出すなど、私とNさんとの相性は良い。
今回は、自己ベストは出たものの、目標の2時間50分切りに、もう少しというところで届かなかった。
私の念力が足りなかったかなぁ・・・。
Nさんの走りは何度も見ているけれど、ゴール手前500m、あんな悔しそうな顔を見たことはなかった。
自己ベストなのに、目標に届かず、悔しさが表にあふれ出る。
なんとも複雑な心境だ。

その後、皆ぞくぞくとゴールへ戻ってくる。
勝負レースではないと言っていたNちゃんは、3時間40分台でゴールするし、2週間前に湘南国際をサブ4で走っているHさんは、今回もサブ4で帰って来る元気さで驚かせてくれるし。
Kちゃんは、サブ4にちょっと届かなかったが、自己ベスト更新。
途中、コース案内ミスで、歩道に上げられて走りにくい集団に入ってしまったが、そんなことにケチもつけずに元気にゴール。
腰痛に悩んでいた頃から比べると、練習も充実していて、Kちゃんはこの先どんどん延びるんだろうな。


寒くてどうなるか(走りながら腹痛や体調不良など起こさないか?)と心配したものの、暑いよりは、皆よほどコンディションが良いことがわかった。
この日の気温は、スタート時 8℃。その後も上がらず、10℃までは到達しなかった。
このくらいの気温が、市民ランナーにとっては、一番苦にならないのかもしれない。

着替えた頃を見計らって陣地に戻る。
去年同様、Jちゃんと熱いハグをして健闘を称える。
Nちゃん、Hさんと徒歩でつくばに向かい、始発のTEX各駅停車で帰る。
今年は二人とも走った後は元気なので、3人でおしゃべりしながら1時間あまり、あっという間に秋葉原に着いた。
寒い中、走った皆さんお疲れ様。
記録続出で、すばらしい走りの数々を見せてもらいました。

* * * * * * * * * * * * * * *

第22回 大田原マラソン

11月23日(祝)、つくばマラソンの応援に行った翌日、今度は栃木県の大田原マラソンの応援に出向く。

東京発7:40の新幹線で那須塩原へ。
1時間20分ほどの行程で、小旅行気分。
お得な 「週末日帰りパス」 を使い、RUN友のくろさんと二人、小旅行気分である。

那須塩原駅から大会シャトルバスで20分あまり、会場の美原陸上競技場へ到着。
隣の体育館が受付になっていて、そこで準備をするSさんのところへ向かう。

Sさん、緊張した様子もなく、いつもと変わりない笑顔。
何となく・・・今日のSさんはやってくれるような気がする。「嫌な予感」というのがない。そんな話をしながら、ノンビリと時間を過ごす。

今日の応援ポイントは、会場から800mほど移動して、フルの部・10kmの部も2回通過する地点へ。
1箇所で4度おいしい思いをするのである。

家の敷地内に竹林を構える大きなお屋敷の、門扉の前がくぼんでいたので、そこを陣地と決めて応援の準備をする。
私は前日に引き続きタンバリンを、くろさんはレインボーカラーのアフロを被り、アンパンマンの「すず」を持つ。

昨日とは違い、参加者数も少なければ知り合いも少ない。
フルマラソンに参加している友達は5人ほど?10kmの部はたった1人。なので、見つけるのも今回は楽。

フルのランナーがやってきた。
2時間50分切りを狙うSさんも順調に通過。
1回目は集団の中だったが、横っ飛びで通過してくれた。

フルが全員通過したあと、50mほど先の路地から10kmの部がやってくるので少しだけ移動。
実は、同じコースでやってくると勘違いしていて、どうも応援の人の位置が違うな?ということでコース図を見直し、勘違いに気付いたのだ。

10kmの部に参加していたPさんも快走。
自分の名前を呼ばれ、「あの賑やかなのは誰?」と驚いたようだが、我々だと気付き(一度受付近くで会っている)、手を振って通過してくれた。
Dsc02952

10kmの部は、この先をUターンして戻ってくるので、同じ位置で応援する。
やがて、フルの部が2周目に突入。
応援ポイントを50m戻して、先ほどのお屋敷前で声援を送る。

この位置は、21kmと22km地点の中間くらいの位置らしく、ハーフを過ぎた頃らしい。
制限時間4時間の大会なので、フルに参加している人たちは誰も皆走りがしっかりしている。
特に、3時間台でゴールするくらいに位置する人たちが、声援に対してとてもよく反応してくれ、手を振り替えしてくれたり、返事をしてくれたり、「ありがとう!」と声をかけてくれたり。
いや~、その愛想の良さに、応援慣れしている私も驚いた。
結構、こちらに目を向けてくれる人が多かったのは、どうやらくろさんの「レインボーアフロ」に目がいったらしい。
それだけで終わらず、声をかけてくれる人が多かったことは、とても嬉しかった。

競技場の入り口近くでゴール直前の選手を応援すべく、移動する。
体育館の外に物販と選手サービスが出ている。私達は選手ではないので、このサービスは受けられない。
しかし、時間も時間、お腹が空いたので、おでんをかって食べた。
物販では、珍しいシューズが破格値で出ていたりしたが、私のお目当てのブツはなかったので、何も買わない。

トップ選手が戻ってきたアナウンスが、隣の陸上競技場から聴こえてくる。
そろそろかな、ということで、競技場入り口へ移動する。

競技場入り口は見通しの良い場所で、コースは【コ】の字型になっているので、手前400mくらいからのランナーの走りを見ることができる。
そろそろ?そろそろ?と腕時計とにらめっこしながら、Sさんの到着を待つ。
しかし、この腕時計が1分ほど遅れいていて、携帯の時計は1分以上進んでいて、正しい時間が良くわからない。
「時報案内」で正しい時間を調べ、腕時計との誤差を確認。

Sさんらしき姿を見つけ、
『 S○○さ~~~ん!! がんばれ~~~!!』
と大声で叫ぶと、それと思しき人がこちらを向いたのがわかる。
そして腕時計に目をやる。
それで急に走りが変わったりしない。
彼は、もうタイムを確信している。間に合うことを確信しているのだ。
Dsc03072

最後の最後まで、キレイは走りは変わらない。
Sさんは競技場へ飛び込んでいった。

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Sさんの記録は、2時間48分37。
見事、目標達成!!

その後も友達の姿を探し、声援を送り続ける。
Sさんと一緒に会場入りしたVさん(初対面だった)も、ずっと安定した走りで3時間50分でゴール。

他に、女性のKちゃん、Pさん、男性のTさんもすばらしい走りでゴールした。

Sさんとの約束どおり、帰りの新幹線で乾杯しようということで、西那須野駅でビールとおつまみを買い込む。
新幹線は1時間に1本しかなく、次の便まで少し時間があったが、割引キップは自由席だったので、早めにホームに並ぶ。
1次会をホームで、2次会を新幹線の車中で行う。
東京に戻って祝賀会をやろうと、くろさんにあちこちメールしてもらうが、いきなりこれからと言われて都合がつく人はなかなかいない。
S氏が都合をつけてくれたので、新宿で6時半から3次回。くろさんオススメの、餃子がおいしい中華料理店で3時間ほど盛り上がる。

実はSさんは、前の週に職場の研修会が決まり、それがなんと、目指していた別大の開催日と重なっているということがわかった。
参加基準記録を取っても、参加できない。
それがわかっていても、Sさんは力を抜くことなく、今日の大会に挑んだ。
どうやって気持ちを立て直したのか、動揺した様子もなくむしろ落ち着いていたのは、もうその先を見据えていたからなのかも知れない。

Sさん、おめでとう!!
本当にすばらしい走りでした。
2011年、別大の応援に行かせてもらいます。

* * * * * * * * * * * * * *

公認記録が取れるふたつの大会、2日間連続で応援に行ったのは、つくばではNさんが、大田原ではSさんが、それぞれ別府大分毎日マラソンの参加基準となる 2時間50分 の記録をクリアする目標を持って挑んでいたからだった。

彼らは、もう既にサブ3は達成していて、その後も着々と記録を伸ばしている。
もうココまでの記録を持っていると、1分1秒を縮めることは至難の業で、42キロのどこでも、力を抜くことなく、しかし突っ込みすぎることなく、レース展開していかなくてはならない。
どこかでロスが発生すれば、それをどこかでカバーしなくてはならないし、起きないとは限らないアクシデントのために、少しでも貯金を稼いで起きたいし。
もし1秒でも間に合わなければ、またそのタイムを狙って42kmを走りなおさなければならないし、42kmを「組み立てながら」駆け引きをしていく。楽はできない。

ゴールを通過したとき、2時間50分を1秒でもクリアしていれば、それで参加資格は得られるけれど、その瞬間に目標は中継点に変わり、参加したら完走を、完走するならより良い記録をと、目標はさらに上へとあがる。
先の先を見据えて、先のために今があるが、今がなければ先はない、そんな時間の流れを自らの手で作ってわけだ。

実は女子でもKさんが、国際レースの参加基準の3時間15分を狙っていたけれど、残念ながら40秒及ばなかった。
それでも、最後の最後まで、真剣なその走りは、参加資格を得る得ないに関わらず、目標に向かってまっすぐに進むKさんのその姿に感動した。

42kmという長い距離走る仲間達に、とても大きなものをもらった2日間だった。

Dsc03073   

西那須野駅ホームから見た夕焼け





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湘南国際・番外編

ナイショだけど
   スペシャルショット
camera

Photo_4

初めて一緒に走りました。
練習でも何でも、一緒に走ったことはありません。

今回も、準備が遅れて、バラバラにスタートに向かい、お互いに全く知らないところでスタートしたはずだったのに。
3kmくらいのところで、偶然一緒になり、その後10キロ過ぎまでつかず離れず近くを走っていました。

カメラポイントでは、一緒にポーズを撮ったので、初めて何枚か一緒の写真に納まりました。

相方は『 箱入り 』なので、顔をお見せできませんが(笑)。
メタボだという事は、これでばれてしまいますなぁ。

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湘南国際・後日編

翌日からが大変だった。

薬は前の晩に飲んだのが最後だったので、もうない。
買って来なくちゃ・・・と思ったけれど、疲れたのでノンビリと寝ていて、近所のドラッグストアに 出かけたのは午後になってからだった。

咳止めの漢方薬を勧められたのでそれを買い、飲んでみたが効き目がわからない。
咳込みの回数が減るわけでもなく、軽くなるわけでもなく。
結局この薬は効かなかったらしい。

翌、火曜日は仕事に行ったが、あまりに咳がひどいので、課長から午後は後半休を取って帰るようにと言われ、素直に従った。
近くのクリニックを受診し、咳止めや気管支炎の薬6種類と胃薬を処方してもらう。
その晩からのみ始めたが・・・。

水曜日は防災設備の点検があり、午前中は後半休を取っていた。
午後から月例の会議なので、1日の休みにするわけにいかなかった。
昼前に出勤する予定だったのだが、やっぱり咳がひどい。
咳が出るときの胸にかかる圧は軽くなっているのだが、咳は頻繁に出る。
これで会議に参加しても、うるさいだけだな・・・そう判断して、午後も休みを取った。

・・・と、結局、金曜日まで仕事を休みはめになる。
咳がひどくては、話ができないので、業務上どうしても人との対話が必要となる私にとっては、「仕事にならない」ということになってしまうのである。

もうひとつの問題は、あまりに咳き込みすぎて、頭痛が発生したことだった。
ついでに、食欲もぱったりとなくなってしまい、水分を取るのさえ億劫になってしまったので、干からびてしまった。

咳はだんだんと軽い感じのものになってはいたが、1時間に2~3回咳き込むような状態だったので、やはり仕事に行っても、使い物にならなかっただろう。

金曜日の午後には、ずいぶんと咳き込む頻度が少なくなり、急に薬の効果を感じるようになった。
ずいぶんと時間がかかってしまった。
風邪の初期症状で抑えたと思っていたけれど、体調不良だったことに変わりはなく、その状態で走ったことで、抵抗力も回復力もなくしてしまったのかもしれない。
もともと気管支が弱いので、風邪を引いたら必ずといっていいほど、最後は咳に悩まされる。
それをうっかり忘れていた。

やっぱり、マラソンを走ろうということは、事前の準備が必要。
段取りも、体調も、走り込も。
そしてひとたび体調不良なら、やはり無理せず潔く、諦めるほうがいい。
参加費よりも治療費のほうが高くつくことになるかもしれない。
それよりなにより、周りにも大きな迷惑をかける。
自分の楽しみでやっていること、それで周りを巻き込むのは、やはりいいことじゃない。

今、終わって1週間が経つのだが、なんだかちょっと物足りない気がしている。
最後まで頑張れなかったことなのか、万全で挑めなかったことなのか、なにが引っかかっているのかわからないが、晴れ晴れとしない。
運営の方法などを見ると、とてもよい大会とは言い切れないけれど、それでもやはり湘南国際を走らない、と言い切れないものがある。
それは、第1回から参加し続けている大会ということもあるけれど、苦しい思いをして35kmを超えたとき、西湘バイパスの上からの海を見たい、という気持ちが強いのかも知れない。

「いつかは参加したい憧れの大会です」
と、遠方の友達が言った。

「ではいつか、一緒に走りましょう」
と、私は言った。

そう約束してしまったので、湘南国際を走ることはやめるわけにはいかない。

また来年も、あの海を見に行くことになると思う。

Photo

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湘南国際・当日編

3:20、アラームが鳴る。
ほとんど眠れなかったので、すぐさま飛び起きる。
いつもなら、もう一度布団にもぐりこみたい気分なのだが、そのまま起き上がってリビングへ。
PCの電源を入れ、テレビをつける。

炊飯器のご飯が炊きあがるのが4時なので、それまでにノンビリと支度を始める。
海外の映像を音楽だけのNHKの放送を見ながら、軽くゆっくりストレッチ。
ビタミンEC剤のおかげで、今日も肩凝りはない。

着替えをして、おにぎりをつくり、相方をたたき起こして準備をさせる。
順調に進んでしまい、4:50、予定よりかなり早いけれど家を出ることにした。

『風が強く吹いている』の予告編をもう一度観てから出かけようと思っていたのに、それは忘れた。

田端駅で、そこへ来た京浜東北線に飛び乗り、東京駅へ。
5:35発の東海道線に乗るランナーらしき人々がダッシュしていた。
自分達の乗る電車よりも20分以上も早く到着してしまったが、電車はまだ入線しない。
ホームで電車を待っているが、どうも周囲の様子がおかしい。

もっと、「ランナーっぽい」人が多いかと思いきや、ヘンな外人とか、ヘンな組み合わせのグループとか、そんなのばっかり。
何でだろう?マラソン列車だよ?

やがて、品川方面から、我々が乗車予定の特別列車が入線して、その理由がわかった。
特別列車は、「踊り子号」の車両が使われていた。
その列車が入線すると、ヘンな人々は写真を撮りだす。
彼らは皆「鉄男」だったのだ。
しかし、なんで、この列車の写真が欲しいの?と思ったら、『 快速 』となっている踊り子号の車両が珍しいらしい。
中には、指定席のキップを持っていて、実際乗り込んだ親子連れもいたくらいだ。

電車に乗り込み、おにぎりを食べて、すぐに寝る。
二宮まで1時間あまり、ココで少しでも寝ておこうと思ったのだ。

二宮の1つ手前、大磯駅に到着。
出発までにかなり時間がかかる。
そして二宮に到着すると・・・ホームには人がイッパイ。
階段で改札へ向かう人たちで溢れいていた。
私が乗っていたのは1号車だったので、国府津よりのホーム前方で下りた。
そこは人はいなかったが、エスカレーターに乗るのに行列ができた。

改札を出るにも時間がかかる。
これは覚悟をしていたこと。
改札を出て、階段を下りて、ビックリした。
なんと、シャトルバスが運行されていたのだ。
バス待ちの行列がロータリーの半周くらいできていて、バスは次々とやってくる。
ところが、列の最後尾に並ぼうにも、コーンとポールで遮られて、その列には近づけない。
仕方なく流れに従い、歩いて会場へ向かおうとすると・・・5mくらい後ろで、警備員がポールを外し、列への誘導を始めた。
しかし、流れに逆らってそこへ向かうのは無謀。
仕方なく流れにそって進んで行く。

このとき、バス待ちの列に上手く並んでいたら、会場入りを10分以上縮めることはできただろう。
これが大きな誤算になった。

徒歩での経路は、去年・一昨年のように強制的ではなく、いくつかの経路が用意されていて、「こちらからも行けますよ」と案内している。
経験上、距離が長くなるコースは避けて、国道1号線を進むコースを選ぶ。
大磯警察署の交差点では、バスの誘導・人の誘導で込み合い、前進が阻まれる。
プリンス手前の坂の入り口もそうで、バスが来ると人は止められる。
とにかく、バスが優先なのだ。

大磯からの徒歩組と合流したところもかなり込み合っていた。
自転車で乗りつける人もいて、ぶつからないように気をつけながらすすむ。

早めにトイレに行っておきたいな・・・と思うが、会場のトイレの数が少ないのは承知していた。
会場入りして、そこにあった仮設トイレに並んだ。
ココまでの渋滞、ココでの待ち時間で、かなり怪しくなってきた。
私より大変だったのは相方で、男子トイレの列のほうが倍くらい長い。
なかなか順番が回ってこない。

ここでマイタケさんに声をかけられた。
軽い挨拶だけで、他に言葉が出てこない。
既に気持ちが焦っていたのだと思う。

トイレを出て、その場で相方を待ちながら着替えを始める。
といっても、上を脱ぐだけなので、簡単だ。
そして、シューズにRCチップをつけるのだが・・・コレに結構手間取った。
平常心でいられなくなっていたのかもしれない。
針金が上手くシューレースに通らなくて、イライラしながら装着する。
準備が整い相方のところへ行くと、「たぶん、ギリギリになるから、先に荷物を預けて並んだほうがいいよ。」と言われる。
こうなると、どちらにとっても単独行動のほうが楽になるので、その言葉に従って荷物を預けに行く。
コインロッカーがまだ空いているかとかすかな期待をして行ってみるが・・・空いていない。
低い位置ならあるかも、と思って探してみると、あった。
鍵がついている。
荷物を押し込んで100円玉を入れようとしたら・・・入らない。
入らないって、なんだよこれー!!
使い物にならないジャン!!
諦めた、また別のロッカーを探す。
すると今度は、バンドのついていない鍵がついたロッカーがある。
100円玉を入れてみると、入る!!
荷物を押し込み、残りの200円を入れようとすると・・・入らない。
なんだよー!! 100円ぼったくりか!?

コインロッカーというなら、使えるものを用意してください。
使えないようなものは置かないでください。
それと、鍵を抜かずに荷物だけ入れる無銭使用者、去年も多くて問題になったようですが、確かにたくさんありました。
ランナーとして、モラルのなさに呆れてしまいました・・・。

荷物預けに頼るしかない・・・そう思ってロッカーエリアをでる。
しかしここで・・・。
事前に配置図を確認していたにも関わらず、以前の経験でプール方面へ向かってしまう。
荷物置き場がないことに愕然として、近くにいた制服(らしきもの)を着た人に聞いてみると、下のエリアだと言われる。
もうココからは焦りまくり。
荷物エリアに向かう人は、ピンクのゼッケンの人ばかり。10kmの参加者だ。
荷物を置こうにも、先は詰まっていて、それも私のゼッケンでは、先の先の先のほう。一番向こうだったのだ。

荷物を置いて、小走りで荷物エリアを出る。
あとはスタート地点へ向かうのだが、もうここでも人ごみにもみくちゃにされて、前へ進むのが大変。
西湘バイパス上に乗ったのが、既にスタート2分過ぎていた。

それからノロノロと前へ進んだり止まったり。
スタートラインを超えたのは、17分が経過していた。

この辺りでウロウロしている人たちは、もう開き直りと言うかなんと言うか、焦っても仕方ないということなのか、流れに従う人がほとんど。
たまに後ろから、路肩を猛スピードでぶっ飛ばすランナーもいるが、皆ノンビリと走り出す。
下っているであろうに、1kmの通過は7分を超えていた。
ああ、やっぱり、調子でないな・・・そんな風に感じていた。
距離表示が1kmごとということなので、1kmごとのスプリットを取ることにした。
2kmを過ぎて、前の1kmとあまり変わらないので、このくらいのペースで行けるところまで、と決めた。

3km手前、隣に黄色のTシャツを着た恰幅の良い男が着た。
サングラスに白いキャップ、ああ、ガックンじゃん。
「よぉ!」
と声をかけるが気付かない。
「おいおい!」と腕をつつくと、こちらを見て、
「ああ、ここにいたのか!」と。
後ろから見て、気付かないか?

ここからしばらく、併走する。
ぴったりと並んで走るのもストレスなので、つかず離れず。
途中で日が当たるところにくると、私は日陰を好んで右寄りを走る。
給水で少し離れても、視界の入るところを走っていた。
4km、5kmは距離表示を見損なってしまった。
一緒に走っていると、どうもダラケないらしく、ラップが安定している。
それどころか、8~9kmでは7分を切ってしまい、少々焦る。
どこかで崩れるな、そう思いながら走って行く。

10kmまでは相方と走っていたが、その後私がずるずると落ち始める。
咳き込みのせいで荒れてしまった肺が痛い。
息を大きく吸い込むと、途端に咳き込みそうな感じがして、深い息をすることができない。
このまま、どこかでリタイアしよう、そういう気持ちになっていた。

一人旅になってから、反対車線を走ってくるランナーと遭遇するようになる。
しかし、今回は、そのランナーの中から仲間を探すのもシンドイ。
今年は人探しはやめた。
(といっても、グッチーさん・ミーパパ・ヒロさんの3人だけは見つけた)

14kmを過ぎて、しんどいので走るのをやめた。
歩きながら、どこでリタイアするかを考えていた。
江ノ島まで・・・江ノ島まで行けば、何人もの応援の仲間に会える。
そこまで行かなきゃ、やめられないなぁ。
皆に会いたいなぁ。

しばらく歩いていたが、また少しずつ走ることにした。
知っている風景なので、あと少しあと少しと思いながらも、何とか我慢して走ることができた。
江ノ島で皆に会えたら、その直後の第2関門でリタイアすることに決めた。
もうそれ以上走っても、どこかの関門でひっかっかることは間違いないし、なにより倒れるようなことがあっては、みんなにも迷惑をかけてしまう。


西浜歩道橋を通過する頃、反対車線の歩道に黄色い幟が見えた。
「あれ、べジーの幟だ。あれ、まっちさん!?」
まっちさんの姿を見つけて嬉しくなり、反対側から声をかけた。

江ノ島入り口の交差点までは、なんと上りになっていた。
今まで何度も通ったのに、気付かなかった。
橋に差し掛かる前、「みみちゃーん!!!」という大きな声が耳に入った。
そちらの方を見ようと思った瞬間、
「一緒に走りにきたよー」
と、中央分離帯にいるZAKOJIさんを発見!

「やだー!。けが人は走っちゃダメなんですよー!」
と言いながら、とっても嬉しかった。
橋の上に、くろさんとさかおさんを発見。他にも誰かいる。
折り返してみんなのところへ。
ともちさん。そして、まりちゃんもいた!!
ZAKOJIさんの差し出してくれたポカリスエットを飲んで、第2関門でリタイアすることを告げる。

すぐ先にいるまっちさんは、りんご味の冷えたゼリードリンクを手渡してくれた。
「最後まで諦めるなよー」と送り出されたが、ゴメンねまっちさん、もうそのときは諦めて傷んだ。

少し先まで入って、まっちさんに貰ったゼリーを歩きながら食べる。冷たくて美味しい。人の優しさに触れて、一番ウレシイ瞬間だった。

タイマーが見えて、そこが第2関門とわかる。
リタイアするとは決めているが、せめて時間内に通過して記録を残したい、そう思って走り出す。
何しろ、号砲が鳴った瞬間を知らないので、現在経過時間がわからない。
スタートロスが17分くらいというアバウトな勘定なので、間に合うのか間に合わないのかもわからない。
タイマーの手前10mで、さっと係員が飛び出してきて、
「はい、ココまでです。関門です。」
と言う。
目の前で止められたランナーは呆然。
しかし、その後のランナー達は承知していたのか、割とすんなりと従った。

が、しかし!
ココで目撃!
止められて、歩道に上げられたのに、係員の目を盗んでそのまま進んだランナーが3人。
それって、自分で納得できるんですか?

すぐ隣が駐車場で収容バスが数台止まっている。
そこへ向かって歩いていると、前方からRUNLOOSEさん・nanalottaさんご夫婦が歩いてきた。
「もうちょっと、残念でしたねー」と声をかけてくれる。
咳が出て、声がこんなでね・・・というような話をしたと思う。
長い時間お待たせしたのに、その前を通過できてなくてごめんなさい。
でも、皆がいてくれると思ったから、ココまで走ることができました。
nanalottaさんに、グミを貰う。
本当なら、エイドで食べられたはずのグミだが・・・貰ったグミは、バスを待つ間に美味しく食べた。

目の前のバスは余るくらいあるのに、なぜか出発の準備ができない。
「どのバスから出発するか、今から検討しますので。」
と、待たされたままバスにも乗れない。
検討は、待っている間にしてくださいよ。
時間が来れば、必然的に乗る人たちはやってくるのですから。

20分くらい待たされて、ようやくバスに乗れる。
適当に配分されて、ココから後ろの人は後ろのバスに乗って、という具合に指示される。
私は列の最後で、座れるのかと危惧したが、何とか座れた。
そのあと残っていた1つの座席にも、あとから指示されたランナーが乗ってきて座った。

「立って行くのでも、いいの?」
係員達が相談している。
おいおい、余るほどあるんだしさ、ヘロヘロになっているランナーに立って行けって言えるのかい?
それに、迂回路使っても、結構時間かかるんじゃないの?
その間に立ってろって言うの?

そんな不安もあったけれど、ランナーは座って行けることになったらしい。

しばらく待たされたあと、バスは発車。
もう、通行止めは解除された134号線を進むが、やっぱり途中で渋滞にあう。
マラソン続行中の134号をそのまま進めるはずもなく、迂回路へ回るが、どこへ行っても渋滞。
やがてコテンと眠ってしまった。
目が覚めて周りを見回すと、皆寝ている。
疲れるもんね。
何度も転寝をしながら、気付けば大磯町へ入って行く。
1号線もマラソンのあおりを受けて渋滞はひどい。
町中が混乱する日なのだ。
プリンス入り口の閉鎖した道路から会場に入ると、時計は14:55、終わりのほうのランナーがゴールする時間だった。

バスを降りるが、何の案内もない。
RCチップをどうしろとか、そういう案内もないまま、ただバスから下ろされる。
ゴール地点へ向かう。
ギリギリのランナーがフィニッシュゲートをくぐったが、タイマーは6時間を数秒越えていた。
あの人は、フィニッシュとして認められたのだろうか?
そしてその後も動き続けるタイマーに、私は目を疑った。

なんだよ、今年はタイマー止めないのかい?

去年の春、第2回のこの大会で30kmに出たとき、制限時間の4時間を4分ほど越えてゴールしたら、タイマーは既に止まっていて0:00:00となっていた。

何の指示も受けなかったが、RCチップと交換に参加賞のTシャツを貰う。
しかし・・・ドリンクはもらえないのだ。
ドリンクは、ゴールゲートのすぐあと、完走メダルの前で受け取るので、ゴールしていない我々はもらえないのだ・・・ああ、喉渇いた。

荷物を受け取りに行く。
奥の奥の奥のほうまで歩く。
荷物テントの荷物はもうまばらで、番号の若いテンとは当然空になっていた。
残っている荷物を手前に集めてあるテントがあったので、「ああ、東京マラソンみたい」と思っていた。
ところが、自分のテントにつくと、荷物はバラバラ、あちこちに置きっぱなし。置いていったときのまま。

そういえば、荷物を預けるときも、「お願いします」と言ったら、「自分で置いて」とそっけなく言われたのだっけ。
まあね、東京マラソンや北海道マラソンのように、荷物を移動するわけじゃないからね、自分で置いて自分で取りに行くほうが紛らわしくなくていいよね。

あっちこっちに置きっぱなしだったので、つい言ってしまった。
「あっちのテントはね、残りの荷物を手前にまとめてるの。この時間に戻ってくるランナーはヘロヘロになってるから、荷物をこっちに持ってきてあげるほうがいいよ。」
ヘラヘラと笑ったボランティアの青年は、そのまま動かない。
まあね、いいけどね。

着替え終わって、メイン広場に出る。
ドリンクはもらえないのか?と見回していて、リポビタンDの頒布に目が行ったけれど、いや今欲しいのはリポDじゃない、と近寄らない。
なんてことをしていたら、相方から電話がかかってきた。
着替えが終わってプリンスのロビーにいるというので、そこへ向かう。
遠回りがシンドイなぁ・・・。
あとで、プール脇の抜け道が(今年は)使えたと知るが、それは後の祭り。

相方は、第3関門でアウトになったそうだ。
ハーフの距離を過ぎたら、パタッと脚が止まってしまったらしい。
回りも皆そうで、今まで走っていたのに、途端に歩きだしてしまったとか。
第3関門は、バスが到着するまでに1時間もかかり、バスの手配ができていないことを、大会役員が怒りまくって電話していたらしい。
たぶん、こういう細かなことは、何年経っても解決されないんじゃないかと思う。
毎年コースが変わったりして、運営経験が積み重なっていくのではなく、毎年新しい試みをしているような状態。
あの規模の中に、26000人を詰め込もうとしても、それは到底無理なことだし、それを何とか裁こうとしても、技術も技量も持っていないのだから。

二宮まで30分あまり、くたびれた体で歩く。
直行バスがあると言われたけれど、「いいえ、この街でバスに乗るのは鬼門です」と、二人して却下。
4回の出場で、色々経験したけれど、どうも後手に回ることばかり増えたような気がする。

二宮からは運良く座れる。東京駅まで1時間20分。
長かった。遠かった。
そうだよ、東京の限りなく埼玉に近い北部から、大磯の会場まで出向くってとっても遠いんだよ。

腹ペコになってしまったので、東京駅でラーメンを食べることにする。
ラーメン横丁があるっていうので行ってみたが、この前のタートルハーフのときと同じ、美味しくなかった。
なぜ?マラソンの後のラーメンって美味しいんじゃなかったっけ?
たまたま、店がハズレだったのかなあ?

家に着いたら、19時を過ぎていた。
お風呂に入って、薬を飲んで、すぐに寝た。
寝ながら、心配をかけた皆さんにメールをする。
もう今日は、バッタリと眠れるわ。
二日分、よく寝るわ。

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湘南国際・前日まで編

「当日編」の前に、レース前数日間の出来事を。

【月曜日】
日曜と祝日の合間の月曜日、休日だった。
鍼の予約を入れるところがなかったので、急遽この日にやってもらうことにした。
右脹脛の違和感を伝えると、かなり熱心に打ってくれた。
しかし、どうも抜け切れない感じ。
これはこのあと、尾をひくこととなる。

【火曜日】
午後から喉に痛みが出始める。
うがいをしても飴をなめても、痛みが治まることはない。
明日は職場の保健室に行こうと決める。

【水曜日】
午後から、職場の保健室受診。以下、医師との会話。

海「昨日から喉が痛くなってきて・・・」
医「(間髪入れず) 熱はっ!?」
海「・・・ないです(きっぱり!)」
医「本当に?」
海「はい。実は、日曜日にマラソンを走るので、どうしても悪化させたくないのです。」
医「マラソン?走るの?」
海「はい、走ります。」
医「本当に?大丈夫?」
海「はい。大丈夫です。」
医「熱が37.5度を超えたら、インフルエンザを疑ってくださいね。」
海「はい。先生、ロキソニン(解熱鎮痛剤・のどの痛みに効くらしい)も
  だしていただけますか?」
医「いいですよ。」

出された薬は、PL顆粒という飲み薬・・・きかねーんだよ。
この薬、まったく気休めにもならない薬、と専らの評判。
この薬で、2月の風邪もなかなかよくならなかったのだ。

一応薬は飲んでみた。
翌朝良くなっているかどうか、にかけてみた。
夜間、咳き込んで喉の痛みが悪化。
眠りにつきながらも喉の痛みが気になる。

【木曜日】
喉の痛みは代わらず。
仕事の帰りに薬局により、症状を話して市販の薬を買う。
薬剤師さんが親切で、「今(午後6時ごろ)飲めば、寝る前にもう一回飲めるよ。」と教えれくれる。
「何時間空ければいいですか?」と尋ねると、「3時間」と。
言われたとおり、すぐに1包飲む(職場でオヤツを食べた後だったので)。
そして、寝る前にもう1包。
ビタミンEC剤を2包、一緒に飲んで就寝。

【金曜日】
朝、喉の痛みが和らいでいる。
「これからドンドン痛くなっていきます」という痛みではなく、「これから和らいでいきます」という感触を得る。
仕事の帰りに、相方ガックンと合流し、げんかつぎのステーキを食べに行く。
ガックンとは駅で別れる。
何しろ、相方にも風邪をうつしてはまずいので。
ヤツも一応、湘南国際を走るのだ。
この日は、朝・昼・夜・就寝前と4回内服。ビタミンEC剤は、朝と就寝前に2包ずつ。
しかし、咳がかなり出るようになる。

【土曜日】
喉の痛みは全くなし。
更に、EC剤の大量投与(たぶんあんまり良くない)のおかげで、日々悩んでいる肩凝りが全くない。
先日来不安があった、腰の違和感もほとんどない。
恐るべし、ビタミンEC。
でも本当は、さらにビタミンB郡もとれればよかったのだけど。
これは、注射してもらうのが一番なんだけどなー。ビタミン剤を注射してくれるような医者は、今はいないだろうなー。
午後3時過ぎ、ガックンがやってくる。
勝負服へのゼッケンつけ、小物の準備など、順調に進める。
夕飯はパスタ・サラダ・野菜スープ。
早々にお風呂に入り、22:00過ぎ就寝。
しかし・・・寝られない。
全く寝付けない。
ウツラウツラしては覚醒するの繰り返し。
一時、12時半くらいから2時くらいまでの間は少し寝られたが、あとはほとんど眠れなかった。
覚醒している時間は、咳がひどく、私が咳き込むことで相方も眠りが浅くなっていたらしい。
咳き込みのせいで、胸の奥の方(肺)が痛くなった。

ウォーターローディングは月曜日から。
お茶・コーヒーはやめた。
紅茶は1回飲んだけれど、極力飲まないことに徹して、水を飲むよう心がけた。
これはずいぶん良かったと思う。
直前のギュルピーもなく、脱水の危険性はなかった。



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湘南国際・ふりかえり編

思い起こせば、今回の大会は、色々なことが、いや、全てのことがかみ合っていなかったように思う。
それを自身でも感じ取っていたからか、どうも気持ちが今ひとつ盛り上がらない、今ひとつのってこない、どうも現実味を帯びてこない、そんな毎日だったような気がする。

一番の失敗は、「お召し列車」(はるまさん語より拝借)を利用したことだろう。
今年は参加者も多くなり、会場が混雑することが推測されたので、去年よりもより早い時間に到着する電車を利用するつもりでいた。
去年は7:00二宮駅着の東海道線を利用したので、今年はそれより早い時間の電車にしようと思っていたのだ。
なのだが・・・。
臨時列車と特別列車が運行されるメールが届く。
「特別列車」が気になった。
全席指定。
つまり、立ち客がいない。
降車時の混雑がない。
去年は、普通車グリーン席を利用したにもかかわらず、グリーン車にまで立ち客が入り(座れなくてもグリーン券を購入したのでしょう、あの方達も大変でした)、座っていても立ち客につぶされそうになり、電車から降りることも大変だった。
それが回避できるのならと、安易に特別列車の予約を取ってしまった。

特別列車の二宮着は7:05。
この5分の違いがずっと気になっていた。
そのままずるずると、遅れの連鎖に巻き込まれるのではないかという不安。
それはまさに的中した。

特別列車は、東京駅を5:55に出発する。
それに間に合うようにするには、最寄駅では間に合わないので、山手線の田端駅へ向かう。
田端駅で5:33発の山手線に乗るため、家を出るのは5:10と予定した。
しかし、実際には、準備もスムーズに進み、4:50に家を出ることができた。
少しずつ少しずつ、時間に余裕を作るようにこころがけている結果だったと思う。
しかしそれが、一番大事な電車の時間を決めるときに、見誤っていたことは否めない。
冷静さを失っていたかもしれない。

上手くいかなかったのは、電車の選択だけではなかった。
もともと、用意周到にことに挑むタイプではない。
なんとなく勘を働かせて、これはこのくらいにやっておけば・・・という程度の予測で、いつも動いている。
人が関わったり、誰かを巻き添えにする可能性のあるときは慎重になるけれど、自分自身のことの場合は、アバウトなことが多い。
しかし今回は、アバウトどころか、抜け落ちていた。

髪を切りに行く(勝負ヘアー)ことも、ステーキを食べに行く(げんかつぎ)ことも、鍼に行くことも、すっかり抜け落ちていて、直前になって気付く。
予定のあるところへ無理やりに詰め込んだ状況だったので、他の事まで手も気も回らない。

試走のこともそうだった。
2週間を切ったら疲労ぬき、と思っていたので、2週間前の日曜日までに試走を済ませようと思っていた。
都合のつく日がなかったことと、翌月曜日が休みだったことで、13日前の月曜日に試走を設定した。
しかしその日が運悪く、台風接近と重なり試走中止。
気持ちの面でのダメージがあったこともそうだが、万一のことを考えて、試走の予備日をとるような計画を建てていなかったことが、そもそも甘かった。

本当は、100日前から少しずつ、運動量を増やしたり、定期的にロング(15kmくらい)を走る日を設ける予定をしていた。
それがどうも、軌道にのせられなかったことがきっかけで、予定の見直しをすること自体を放棄してしまっていた。
予定通り行えたのは、3週間前のハーフだったが、この日のための準備も何もできないまま。
なので、気持ちを盛り上げるも何も、自分で積み木をくずしてしまったような格好なのだ。

マラソンは、「何とかなる」ことは、まずない。
体を作って、その体が覚えていることだけが、当日の走りに繋がる。
たとえ走らなくても、運動習慣があったり、基礎体力が高い人ならば何とかなるかもしれない。
そうでなければ、どうにもならないのがマラソンなのだ。
それを、身にしみて感じる湘南国際となってしまった。

( 2009湘南国際・当日編 につづく )

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湘南国際・前日編

前日、午後になっても、勝負服が決まらない。

着ようと思っていたものはあるのだが、何しろ、私の体型が若干ふくよかになってしまい、「格好よく着られない」。

入らないのではない。
「格好よく着られない」、つまり、不恰好に見えるのである。

走るのに、そんなこと気にしなくても良いのでは?と思うだろう。

違う。 違うのである。
格好よく着られないものは、体の動きも楽じゃない、ということに気付いたのだ。
後半、体がダルダルになったとき、腕の振りがしにくいウエアじゃ嫌だな、とか。
そんなことがあるものだから、着ていて「ラフな気分」のウエアにしたかったのだ。

それで、結局。
なんの変哲もない、ニューバランスのTシャツに決めた。
決め手は、「他のどれよりも、楽だったから」である。
それ以上に何がある!?

このところ、脚や腰に不安があったので、CW-Xのタイツはロングにすることにする。
後で写真を見ると、暑苦しく映るんだけどね。

短パンは、今回はちょっと変えてみた。
ポケットが3つもついている、それも、全てのポケットにファスナーがついている、アシックスの短パンを見つけたのだ。
まずはメンズを買って、相方にはかせてみた。
それで、先月の荒川のハーフを走らせてみた。
感想を聞くと「脚が裁きやすい」とのこと。
ならばと、私もそれを買うことにした。

ポケットが3つ。
左右のポケットに、合計4個のパワージェルとリップクリーム。
後ろのポケットに、携帯電話。
タオルハンカチはポケットに入れず、ウエスト部分に挟むことにしているので、他にポケットに入れるものはナシ。
よしよし、よさそうじゃないか。

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あとは、白いキャップと黒のソックス、サングラスかな。
明日は温かいようなので、アームウォーマーはいらないようだ。
グローブも不用だろう。

こんな感じで、明日は行ってきます。

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湘南国際・準備

日曜日はいよいよ湘南国際マラソン。
体の準備も心の準備も整っていない。
事前にやっておくべきこと、やっておきたいことの整理ができていなかったため、あわててバタバタと予定を組み立てたり。

そんな中で、フッと思い出してしまった。

しまった!! やってない!!

1週間前になったら、ステーキを食べに行くという恒例行事!!

さて、どうしよう、いつ行こう?
相方から連絡がないので、いつ行くかが決められない。

結局、2日前の金曜日の夜に行くことになった。
こんなときに、こんな重たいもの食べて、大丈夫なんか?
いや、まあ、私らのようなランナーは、何をどうしても、あまり影響はないかもしれない。

ということで、去年同様、神田の「万世」にて。

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ライトが暗くて、写りが悪かったなぁ。
良いお肉だったようで、やわらかで美味しかった♪

とりあえず、やるべきことはやれたという安心感、ということで。

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『 風が強く吹いている 』

私は映画館で映画を観るのが好きではない。
中学生の頃、アイドル映画を観るために、夜明け前から長時間並んで、ようやく映画館にはいって映画を観始めた頃から体調を崩し、風邪を引いてしまった経験があるからだ。
なので、前評判の良い映画でも、ほとんど観にいったことはない。
1~2年で1回くらいしか行かない。

そんな私が、なんとしても観ておきたいと思った映画がこれ。

『 風が強く吹いている 』 

である。

ランナー仲間の間では、発売と同時に話題になっていた原作本。
読書をあまり得意としない私も、一応買って読んでみた。
絶対に有り得ない!と思いながらも、そのストーリーにはまり、読み終えたときにはあたかも自分が走ったかのような、気持ちよさがあった。

その後、この本が舞台になった。
舞台でどんな風に、走る場面を再現するのか不思議だったが、公演を観にいったMさんによれば、トレッドミルをうまく使いながら、走りを表現していたらしい。
上演中に行く時間が取れずに、見送ってしまったことが悔やまれた。
そして、映画化されることを知り、上映されたら必ず行くと決めていた。

上映開始数日まえから、テレビCMが流れ始めた。
たった15秒のCMで、その走りに釘付けになる。
なんとキレイな走り方か。
その走りを、大きなスクリーンで観てみたい、そう思った。
調べてみると、近くの上映館は新宿と丸の内。
帰りのことも考えて、丸の内で観ることにする。

この時期に、どうしても観ておきたかった理由がある。
来週は、湘南国際でフルマラソンを走る。
最近、走ることのイメージが悪くなってきていた。
いつも異常に気持ちよく走れないし、マメができたり、短い距離で腿が上がらなくなったり。
そんな悪いイメージを払拭して、少しでも良いイメージを頭の中に叩き込んでおきたかったのだ。
人が気持ちよく走るシーンで、自分もそんな風に、気持ちよく走っているイメージを頭の中に作る。
苦しくなったらそれを少しでも思い出せるように。

初日の土曜日は残業だったので、翌日曜日に行くことにする。
やっぱり仕事帰りだったのだが、最終回の開始時間が6:45なので、充分に間に合う。

久々に映画館でチケットを買うので、少々緊張してしまった。
丸の内ピカデリーでは全席指定だったので、観易そうな席を選んだつもりだった。
実際入ってみると、ちょっと前過ぎたか。
スクリーンがあまりにもデカイので、2階席でも良かったかもしれない。

日曜日の夜の回ということもあってか、お客は少ない。
全体の1/3くらい? いや、1/4?
同じ列、隣には誰も座らなかった。

時間を気にしないよう、腕時計を外した。
あとどのくらいなんて、考えるだけで寂しくなる。
なので、予告編がどのくらいの長さだったのかわからないのだけど、たぶん30分くらいだったんじゃなかろうか。

・・・原作を読んだのはかなり前なので、ストーリーはうろ覚えになっていた。
それはわかっていたのだけれど、敢えて本を読み直しての復習はしなかった。
映画を新鮮に感じられるように、映画で話を楽しもうと思った。

ようやく始まった。
原作では、夜の街を走るシーンから始まったのではなかっただろうか。
しかし映画では、真っ赤な朝陽と広がる朝焼けの中、土手を走るシーンから始まる。
そして、食堂でのやり取りのあと、主役の二人が走り出し、やがて桜満開の川原を走るシーンになる。

朝陽にやられた。
ああ、こんな朝陽を見ながら走ったら、素晴らしい宝物を独り占めしているような気分で満足だろうなぁ。

そして、桜の下を走る二人の姿にやられた。
なんと気持ちよさそうに、なんと身軽に走るのだろう。
満開の桜の下を、こんな風に走ったら、きもちよいだろうなぁ。

満開の桜の下でなくても、あんなふうに身軽に、あんなふうに気持ちよさそうに走れたら、幸せに感じるに違いない。
しかし私は、身軽に、息も切らさずに、気持ちよく走れたことがない。
正直言って、羨ましいと思った。
私には、あんな風に気分よさそうに、走れることはたぶんない。
スピードを感じて、風を感じて、苦しくもなく気持ちよく。
いいなぁ・・・と思ったら、涙がでた。

走るって、そういうことなんだろうな、と思った。
スピードを感じて、風を感じて、気持ちよく。
それが幸せに思える。
そういうことなんじゃないかなと。

速くも楽にも走れないけれど、
自分
にとって気持ちよく、自分が風になって、スピードを感じられたら、
私もきっと幸せに思えるんじゃないだろうか。
そんな日が来ると良いなと思いながら、二人の走りを見ていた。

2時間の映画の中で、原作を忠実に追って行くのは難しい。
しかし、箱根駅伝へ向かって進んで行く過程は、ずいぶん上手く表現できていたように思う。
原作では、多くの仲間が 「絶対に、有り得ない」 と思った(私も同様に思った)箱根駅伝の本選出場権獲得を、観ていて 「ウレシイ」 と思ったのは、ランナーゆえか?
有り得ないことだけれど、有り得ないことをやり遂げてくれた達成感か?

『 長距離ランナーにとって一番の褒め言葉は 
 
強い」 だと思う 』

この言葉に、グッときたランナーは多いと思う。
私は、自分の弱さやずるさを、それでもそれなりに承知しているつもりなので、「強くなりたい」というよりは、「弱さを乗り越えたい」と思ってきた。
それがもう少し先に延びれば、「強くなりたい」になるのかもしれない。
がんばっている全てのランナーが、「強い」ランナーを目指しているのかもしれない。

一番好きな絵は、コレ。

Photo_2

襷が受け継がれるこのシーンには、色々な意味が込められていると思う。
渡す側の気持ちと、受け取る側の気持ちと、関わる者全ての気持ち、そして走ることの意味。
そういうものが、このシーンには詰まっているように思う。
(実際にこのシーンは、映画ではちょっと違うのですけど・・・)

走るってなんなのか。
私は考えないことにしている。
先ほど、
「 走るって、そういうことなんだろうな、と思った。
 スピードを感じて、風を感じて、気持ちよく。
 それが幸せに思える。
 そういうことなんじゃないかなと。 」
と書いたけれど、映画を観ていて感じたこと。


自分にとって、走ることとはなんなのか?
それは、皆それぞれ違うこと。
自分自身で感じれば良いことじゃないかな。

箱根駅伝本選のシーンで、R134号線を空撮している部分がある。
「ああ、浜須賀の交差点を越えて、もう少しで花水川レストハウスだ・・・。」
来週は、自分がココを走るんだ。
そう思ってみていると、空撮カメラは前方を映し出し、そこには大きくくっきりと富士山が登場した。
来週は、富士山は登場するだろうか?
でもそこを走るときは、映画のシーンを思い出し、気持ちよく走れていたら良いなという期待をしておきたいと思う。

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