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『個人主義』

今日は、年に一度の総合設備点検(と私は呼んでいる)。
防災設備点検・建設設備点検・雑配水管清掃をいっぺんにやってもらう。
予定時刻に幅があるため、ずっと在宅していなければならない。

午後1時から始まった点検は、運良く2時までに全て終わってしまった。
空いた時間をどう過ごそうか・・・と考えたが、そのまま家で片づけをすることにした。
片付け・・・本当なら、点検の人たちが来る前にするはずだったのだが、洗濯物を片付けるだけで終わってしまっていた ┐( ̄ヘ ̄)┌
普段は「開かずの間」と化している和室も、火災報知器の点検で開けたので、そこを片付けたり、たまっている新聞をまとめたり、ごそごそと動き出した。

気合を入れて片付けや大掃除をするとき(気合を入れないとやらない・・・)、テレビではなく音楽のCDをかけることにしている。
いつもかけるCDは決まっている。
それを聴き終ってしまい、次は何にしようかと、CDボックスの引き出しを開けた。
今日はK.ODAの曲を聴く気分ではなかったのだけれど、なんとなくその引き出しを開けた。
(K.ODAのCDは手持ちが多いので、それだけで引き出し1杯分になる)

ふと、目がいったのは、『個人主義』というアルバムだった。
アルバムが発売されると、それを何度も聴き込んで、ソラで歌える位になったりするのだが、ひとたび次のCDが出ると、それも聴かなくなってしまう。
随分と聴いていないなぁ・・・そう思って手に取ると、2000年4月19日のリリースだった。

Photo

丁度10年。
そんなに経ったんだなぁ・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

このアルバムがリリースされて1ヵ月後の5月11日、K.ODAのコンサートツアー『SAME OON』が始まった。

ツアーの初日は千葉県民文化会館、関東地区でのスタートはかなり久しぶりのことだったらしい。
K.ODAが他のアーチストと違うところは、ツアーの間隔が数年に及ぶおところだ。
ツアーが終わってしまうと、次はいつになるかわからない。
学生時代はお金もなく、チケットを買うのも大変だったけれど、こうして数年に一度しかツアーがないと、そのうちに給料をもらえる身分になり、「金に糸目はつけない」と豪語できるところまで来ていた。
まして、関東地区でのツアースタート。
出し惜しみしてはいられない。
この年、初めて東京・埼玉以外のK.ODAのステージを観に行くことになった。

初日のステージを一緒に観に行ったのは、学生時代からの友人のO君だった。
O君は私が携帯を失くした時には代替機を提供してくれたり、初めてパソコンを購入するときに色々とアドバイスしてくれ、接続も手伝ってもらったりした。
親友、といえる存在だった。
この年のツアーでは、千葉以外に国際フォーラムのステージも一緒に行った。

その後もO君との親交は続いていた。
それが、あるときプッツリと途絶えてしまった。

O君が結婚することになった時だった。
親友だと思っていても、もうあんまり、あてにしちゃいけないな~。
自発的に、少し距離を置いて、友人関係続けなくては・・・私自身はそう思っていた。
随分と年下の、若い女性と結婚することとなり、
「お祝いは何がいい?若い人だから、きっと色々と理想があるんだろうね。」
と話していた。
新生活に必要なものは、最低限のもので済ませるとは言っていたが、一生に一度のこと、それも親友の結婚なのだ。
きちんとお祝いをしようと思っていた。
「じゃあ、お嫁さんと相談して、何がほしいか決めて教えてね。」
そう話したのが最後だった。
それ以降、結婚の日取りが決まったとか、結婚式を挙げたとか、そういうことの連絡は一切来なくなった。

私が怪しまれたのか?
O君が怪しまれたのか?
お嫁さんが、親友といっても女子はイヤだ、とでも言ったのか?

まぁ、そんなものなのだろう。
何かあれば、連絡が途絶える、親友だと思っていたけれど、そんなものだったのだろうな。
私としては、パソコンの扱いで悩んだときに、O君が頼れなくなったのはちょっと困ったけれど、それなりにやっていけば何とかなった。

O君にとっては、私と連絡を取らなくなっても、困ることは無かっただろう。
と、思っていたが。
一度だけ連絡がきた。

O君が結婚した後に行われたK.ODAのコンサートツアーが決まったとき、O君からメールが着たのだ。
それまでやり取りしていたO君のアドレスとは違っていた。
やり取りしていたときはdocomoの携帯だったが、そのときはauの携帯だった。
アドレスの中身から、O君だな、と想像がついた。
そして、メールの内容が
「小田さんのツアーが決まりましたね。今回も行くのですか?」
というものだった。

私は返信しなかった。
そのメールには、自分が誰だかも書いておらず、返信のしようがなかった、といういいわけをつけた。
そしてもう、O君との友好関係は、続けなくてもいいんだと、自分の中で決めていたから。

ごくたまにだが、こうして縁の切れて行く友人はいる。
もうこれ以上、付き合いをしていく必要はないんだな、と感じたとき、向こうからの連絡がなくなっている状態なら、もう私は深追いしない。
疎遠になった、というのとはちょっと違う。

「この人との付き合いを続けるより、私は個人でいることを選ぶ」
という意思表示が、コンタクトしない、ということなのだ。

ある意味、私は「個人主義」なのかもしれない、と思っていた。
人と一緒にいることは楽しくて幸せなことだけれど、自分が必要とされていないと感じたときに、その関係から遠ざかる選択をすることが、少なからず何度か、あった。
個人でいることが好きなわけではないけれど。

だからだろうか、このタイトルを手に取るのを、何となくためらっていたのは。
この『個人主義』のタイトルの意味するところはわからないけれど。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

おまけ。

母は、親友O君を知っており、時々
「O君、どうしてる~?」
と聞いてきたりする。
「しらなーい。結婚したんじゃなーいー?」
と答えるが、母の中にはインプットされないらしく、またしばらくすると、同じ質問を向けてきたりする。
母にとっては、私が一緒に遊ぶ仲間として、O君のことは信頼していたらしい。
すみませんねぇ、友好関係途切れさせちゃって。

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