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8月12日

8月12日に想うこと・・・

25年前の8月12日。
日本航空史上最悪の事故、日航ジャンボ機が群馬県上野村山中に墜落した事故が起きた日である(以降日航ジャンボ機事故)。

その日、自分が何をしていたか、覚えていますか?

25年前・・・1985年というと、私は高校を卒業したものの受験に失敗し、浪人生活を送っていた年である。
予備校に通っていたが、予備校に夏休みがあったかどうかは覚えていない。
確か、夏季集中講義(夏期講習)があったはずだから、予備校には行っていたと思うが、通常授業ではなかったのだと思う。

予備校に通うにあたり、いろいろとあって、肩身の狭い生活を送っていたと記憶している。
何しろ、父親と大もめにもめて、高校卒業から3ヶ月間、同じ屋根の下に暮らしながら父とは顔を会わせない生活をしていたのだから。
ようやく、父とも会話を交わし始めて、間もない頃だったと思う。

まだその頃は、父も定年前で会社に勤めていて、毎年この時期は1週間ほどお盆休みだった。
その時期に合わせて、母の実家のある伊豆へ出向き数日間滞在していた。
私が中学生になる頃から、私と姉は伊豆へ同行することはなくなり、両親のみでの訪問となっていた。

この日は、両親が伊豆から戻る日だった。
日曜日の夕方で、交通渋滞に巻き込まれた両親が、どこか高速のSAから電話してきて、帰りがかなり遅くなるという連絡を受けたように思う。
(携帯電話のない時代だから、連絡するにはどこかの公衆電話からかけてくるしかない)
夕飯を用意しいていて、
「帰ってから夕飯を食べるの?」
というようなことを聞いた気がする。
(何しろ父は、出先で食事をするのが大嫌いで、どんなに遅い帰宅でも自宅で食事をしたいのだった。案の定この日も、帰宅した夜中に食事を食べた。)

我が家では、日曜日の(日曜日に限らずだが)夕刻のテレビ番組は、必ずNHKを観ることになっていて、その日もずっとNHKにチャンネルを合わせたまま、テレビがついていた。
姉は、自室にこもって音楽を聴きながら何か別のことをしていたかもしれない。

羽田発伊丹行きの日航ジャンボ機が、行方不明になったという第一報は、テレビで知ったのだと思う。
それからずっと、とにかくずっと、夜中まで。
NHKにチャンネルを合わせたまま、ずっとずっとニュースを見続けた。

(我が家にはその頃、情報源統一のルールというのが暗黙にできていて、テレビニュースはNHK、新聞は朝日新聞と決まっていた。どこにいてもいつであっても、情報源が同じなら、共通の情報を得られるということに基づいている。父が海外へ単身赴任したときも、日本語版の朝日新聞を購読していたし、このときもラジオはNHKの第一放送を聴いていた。)

行方がわからなくなったジャンボ機が、航路からずれて、伊豆半島をかすめて飛んでいたという情報がはいる。
もしかすると、両親が巻き込まれた渋滞の、その外の景色にジャンボ機が、通過していたのかもしれない。
そんなことを想像してみたりもした。

行方不明のジャンボ機の状況がだんだん深刻になってきて、絶望的状態を感じながら、いつ戻るかわからない両親の帰りを待つというのは、不安と恐怖に包まれている感じでもあった。
ただ、大渋滞に巻き込まれているだけ、とわかっていても、両親の安否すら気になってくる。

夜中の12時を過ぎて、父の車のエンジン音が聞こえた。
(その頃の我が家にクーラーはなく、夏場はサッシ窓を全開にして網戸にし、外からの風と扇風機で涼をとっていた。なので、車が通る音が聞こえ、そのエンジン音で父の車を聞き分けることができた。冬場の場合はこの音が聞こえないため、門扉を開けるまで気付かなかった)
外へ出て車がガレージに入るのを見守り、車からたくさんの荷物をおろして家へ運び入れる。
両親が手を洗っている間にお茶の用意をして、ひとまずダイニングテーブルについて、話をする。
が、いつもなら、田舎の祖父母の話になるところが、この日はもう、日航ジャンボ機の事故のことばかりだった。

遅い時間の夕飯をとらせ、夜中の2時くらいまでテレビを観ていただろうか。
それから就寝した。

翌朝である。
「生存者が見つかったわよー」
という、母の声に目が覚めて、階下におりる。
陽が昇り、明るくなった事故現場の惨状がテレビ画面に映し出されていた。
この惨劇のなか、よく生きていたと思うと感激はしたものの、あまりに多くの犠牲者がでたことに、辛く悲しみのほうが大きかったことを憶えている。

・・・・・・・・・・・・・・

あれから、もう、25年である。
事故の日の数日前から、新聞では関係者のインタビュー記事がのり、テレビのニュースでも取り上げられていた。
遺族の方たちも高齢化し、事故を知らない世代が増えてきているという。

でも、遺族ではない私達の中にも、この事故が記憶から消えないという人は、少なくないのではないか。
きっと、この日に自分が何をしていたか、記憶している人はいると思う。

そういう私も、この時期には毎年、犠牲になった方たちの冥福をお祈りし続けて行きたいと思う。


【 追記 】

その頃私が住んでいたのは、大宮(現さいたま市)の実家で、陸上自衛隊大宮駐屯地から程近い所だった。
自転車で15分位の距離だっただろうか。

日航ジャンボ機が墜落して以来、この大宮駐屯地からは連日、ヘリコプターの捜索隊が出ていた。
連日、何台ものヘリコプターが編隊を組んで、御巣鷹山目指して飛んでいった。
小川町にある自衛隊も同様だったらしい。

暑い夏の日に、ヘリコプターの編隊の音を聞いたことを思い出した。

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コメント

私は夏休みで、運転免許証を取るために教習所に通ってました。毎年この時期が来ると教習所のテレビを観ていたのを思い出します。

母の知り合いの中には、お嬢様を亡くされた方がいらっしゃるそうです。毎年ニュースを観る度に思い出します。

投稿: Naomi | 2010/08/13 23:29

♪ Naomiさん ♪

久々のエントリーなのに、早々にコメントをつけてくださってありがとうございます。
500人余りの方が亡くなったのですから、知合いの知り合いがいた、ということはあるかもしれません。
それにしても、辛い事故でしたよね。
やっぱりNaomiさんも、自分がどこで何をしていたか、事故の記憶とともに覚えていますよね。
私達が忘れないこと、それがご供養に繋がるのかもしれません。

投稿: 海実子(みみこ) | 2010/08/14 00:44

私もこの年の8月12日のことは今でも覚えています。
ショッキングな事故でした。未だにショックです。

この頃我が家は父が休みだろうが、仕事だろうが、関係なく家族で下田旅行に行くのが慣例でした。
この年は珍しく父も休みだったようで家族4人でした。この日の夜家族で旅館のプールで遊んでいた時に父へ会社から電話が入り、そのままその足で父はお巣鷹へと向かいました。
この事件が身近に感じすぎたというのもあって、子供でしたが元気になれない夏休みを過ごした記憶があります。
8月は6日の広島原爆、9日の長崎原爆、12日の日航機墜落事故、15日の終戦、絶対忘れてはいけない日が連なっていますね。
起こってしまったことは変えられないけれど、私たちは二度と同じことが起きないように、起こさないようにすること、これが大切ですね。

投稿: na | 2010/08/17 21:48

♪ Naさん ♪

報道カメラマンという、お父様の仕事ならではの出来事ですね。そういう記憶の刷り込み方では、ショッキングだしそれは忘れられませんね。
後輩達に聞いてみると、この事故の後に生まれた世代もいるし、覚えていないという世代もいるし、風化ではなく「認知していない」というのが正しいのかなと思います。
8月が暑くなればなるほど、辛く悲しい出来事と強く繋がるというのは、思い過ごしでしょうか。

でも、8月は、悲しい出来事ばかりじゃない。Naちゃんのお誕生月でもありますもんね。
Birthday Mail,実は1日遅かったんですよね。ごめんなさい。ちょっと勘違いしちゃったんです。

投稿: 海実子(みみこ) | 2010/08/17 22:34

あの日、初めての海外旅行の当選通知が届いた日でした。
当時は仕事が退けてから自動車学校に通っていていました。
旅行の説明会で「よりによって、飛行機が落ちた日に当選通知が届くなんて。しかもJALやないか!俺らの乗る飛行機は大丈夫やろな…」とぼやいていた人も居ました。
以前の派遣先の上司の大学の友だちの妹さんが搭乗してたそうで、「かける言葉が無かった」と聞きました。
どのチャンネルを回しても、飛行機事故のことばかりやってましたよね。
生きていた人を追い回すのも気の毒すぎて、見ているのが辛かったです。
遺体の一部も確認できていない人が居るというのも、他人事ながらショックでした。
あの事故から四半世紀経ったんですね。

投稿: ぶらんぼう | 2010/08/22 12:06

♪ ぶらんぼうさん ♪

やっぱり、記憶に強く残っている人たちはいますよね。
ぶらんぼうさんのおっしゃるとおり、生きていた人を追い回すのが気の毒でした。惨憺たる事故現場の写真を見て、絶句したことも覚えています。
私達が、覚えていることが、被害に遭った方たちへのご供養になるのかもしれませんね。

投稿: 海実子(みみこ) | 2010/08/24 22:59

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