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東京マラソン2010

なぜ、今この時期に去年の東京マラソン?
と思われるかもしれない。

書かなければと思いながら、なかなか書けなかった。
途中でぴたっと手が止まってしまった。
でも、どうしても書いておかなくちゃならないことがある。
どうしても残しておきたいことがある。

なのでここで、重い腰を上げて、書き加えておくことにする。
残しておきたいことは、一番最後に。


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2010年2月28日、4回目となる東京マラソンの開催日。

「いつもの時間に、いつもの場所で」

この合言葉で、いつものように応援に行く。
去年は運良く、ランナーとして参加することができたけれど、そのときにも同じように、いつもの時間にいつもの場所で、仲間達が応援してくれた。
いつまで経ってもやってこない、亀ランナーの私を、寒さと雨の中で待ちながら・・・。

他にも、この何年かで知り合った大勢のRUN仲間が、あちこちのコース沿道で応援してくれた。
それまでの2回は、応援として沿道にいたけれど、ランナーとして走ってみると、東京マラソンの感じ方は一味違った。
応援を送る側から送られる側になってみて、改めて応援に貰う力に感激し、応援してくれる人々に感謝したのだった。

その感謝の気持ちを表すには、やっぱり応援に出向くのが一番だし、何より自分自身が、走るよりも応援が好き、応援は得意と言っても良いと思う(笑)。

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天気予報どおり、雨の朝だった。
寒くなる予想ができたので、多少着込んで、薄手のダウンを来て、リュックを背負って。
自宅近くのコンビニで、雨合羽を購入。
背負ったリュックの外側から、すっぽり包まれる大き目の雨合羽を用意して出かける。
いつもの応援よりも、今回は応援グッズが1つ増えた。
去年の荒川でデヴューしたタンバリンを、今回は持参した。

今までの3回と違ったのは、家を出る時間だった。
今までは、相方ガックンが、3回連続当選していて、参加者としてスタートの新宿へ向かう、その時間に合わせて家を出ていた。
しかし今年は、新宿を経由する必要がない。
最初の応援場所、曙橋へ直接行けばよい。
はて、そうなると、何時に家を出たらよいのやら・・・?
まるで初めての応援に行くときみたいに、時間を調べるところから始まった。

曙橋の駅でなーちゃんと合流。
すぐにミーミさんもやってきた。
なーちゃんが、借りてきた『チーム!べジー』の幟の竿を組み立てる。
手を貸すつもりはなかったが(笑)、3人で組み立てにとりかかると、丁度良くミーパパ登場。
組み立てをミーパパに任せる。

そこへ怪しい格好の男性登場。
誰かと思ったら・・・ まさん だった。
「いつもここで応援してくれるから。きっといると思ってさ。」
まさんはゴアテックスの雨具の上下に、同じくゴアテックスの小ぶりなリュックを背負って、この後は走りながら応援をする予定らしい。

駅の外に出て幟を設置し、応援ポイントを陣取ると、急になーちゃんが、道路の向こう側を歩く人に大きな声をかける。

『 しゃむたさ~~~ん!!!!!! 』

向こう側の歩道を、しゃむたさんが歩いていたのを見つけ、こちらに招く。
地下鉄の通路を通ってしゃむたさんがやってきた。
新潟から来たブラインドランナーのAさんと一緒に、今日は応援で東京マラソンのガイドをされるのだそうだ。
しゃむたさんの心配りはすばらしかった。
EXPOで配られた立体のコースマップを片手に、Aさんに実際のコースや周辺地理の高低差を感じてもらおうとしている。
なるほど、見るだけでなく、さわることでもこのマップは、行程差や地理を感じ取ることができる。

今までの応援と比べると、周辺の人垣は少ないような気がする。
ランナーが走ってくると応援が増えるかと思ったが、込み合うようなことはなかった。

トップランナーがやってくる。
この場ではじめての応援となるまさんに、あれこれ説明をするおせっかいは私の役目。
初めてここで、車椅子ランナーを見たときは感激したとか、有森裕子を見送って皆涙したとか、そんな話をしながらランナーを待つ。

やがてボチボチとランナーがやってくる。
やっぱりランナーたちは、進行方向右寄り。
先頭集団からずっと、右寄りを走っているので、後続のランナーのほとんどが右寄りを走ってやってくる。
だんだんランナーが多くなり、大きな波のようになってくると、道一杯に広がって、我々の目の前を通過するようになる。
その中から何人もの、知り合いランナーを見つけては声をかける。
お互いに雨合羽を着ているものだから、見つけるのもなかなか難しい。
ミーミさんのご主人も、元気に笑顔で走って行った。
怪我治療中のZAKOJIさんも、初めての東京を満喫していた。

最初のランナーが通過してから1時間。
最後尾の車が見えたので、第一応援ポイントを撤収。
幟をしまって、移動を始める。
とても寒くて、手の感覚がなくなってしまった。
トイレに立ち寄り、身支度を整えて、少し時間を取って次のポイントへと移動した。

豊洲へ到着。
目的地は決まっている。
そこへ向かって、ぐんぐんと進む。
やっぱり人出は、今までより少ないように感じた。
進んで進んで、いつもの場所まで来ると、そこに陣取っている人はいない。
また幟を組み立てて、木に縛り付ける。
あるビルの軒下をお借りし、雨宿りしながら軽食を取る。
そこへ、まっちさん登場。
荷物預かりのボランティア、お疲れ様でした。

まっちさんの持ってきた幟も立てて、黄色い幟が2本になった。
走ってくる向こうから、コレはランナーに見つけてもらえるに違いない。

途中、ひさしぶりのみなみさんもやってきて応援に加わる。
まさかここで、みなみさんが応援していると知らない仲間は、走ってきてはビックリして、喜びながらまた走って行く。
ある意味、ステキなサプライズだったかもしれない。

気づいた仲間には、「ようかん」「チロルチョコ」を詰め合わせた『おやつセット』を手渡す。
もうゴールまでは残り4km足らずなので、手荷物になるけど勘弁してね。

途中まで雨が降っていて、傘を差したり合羽を着たりの応援だったが、やがて雨も上がる。
最後まで雨に降られなかったのは、幸いだったのかもしれない。

そして今年も、最後のランナーと最後尾の収容者を見送って、応援もおしまい。
今年も最後まで、うぐいす嬢「なーちゃん」の叱咤激励は続き、元気なうちに応援は終了した。

今年も皆お疲れ様。

そして銀座へ移動して、こじんまりと打ち上げへ。



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その直後、いつも元気印のなーちゃんが、風邪でダウンした。
応援のときの寒さが災いしたか。
しかし、体力のあるなーちゃん、さすがにほんの数日で回復。
そのときやりとりしたなーちゃんからのメールに、こんな文章が残っている。



 東京のようにズラッと沿道が埋め尽くされるとわからないのかもしれないけど、
 『あ、今年もこののぼりがある!辛いけど応援を受けて走り出せた』
 と思ってくれる人がいたら、嬉しいなって。
 マラソンは継続することが大切。
 だから応援も以前と変わることなくすることで安心してもらえたら嬉しいなって
 思います。



そういうことだったのか。
なーちゃんが、さまりすさんに借りてまで黄色の幟にこだわったのは。
応援隊の中にべジーの人が1人もいなくても、黄色の幟を立てたがったのは。
前の年も、「あの幟がないと、私困るんです!」と言っていたとNさんから聞いた。
この幟へのこだわりは、「続ける」こと、そして「安心を与えること」だったわけだ。


第1回目が開催されたとき、多分だれも、来年のこと、5年後のこと、10年後のことなんて考えなかっただろう。
たぶんなーちゃんだって、最初から考えていたわけではないと思う。
毎年応援に出向いて、(最初はタダ便利だからと次の年も同じ場所にしたけれど)毎年必ず誰かが、同じ場所で同じように見守る。
それが走る側にも認知されて安心感に繋がれば・・・自分が走る側だったら、確かにそれは嬉しいし、心強い。


「こだわり」という言葉ではなく、「恒例」という言葉で、コレがずっと引き継がれていけたら。

「ここにいる」ということを知っている仲間が、自然とそこに集まって応援に参加してくれるようになっていったら。

「東京マラソン」は、東京在住の私たちにとってはある意味「ホスト」。
ホストとして毎年同じように声援を送り、それが喜びに繋がるなら、こんな嬉しいことはない。



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2011年2月。
第5回東京マラソンまで、あと23日。
色々な思いを込めた中間達が、今年も東京の街を走る。

私は皆の気持ちを受けて、いつもと同じ場所で、いつもと同じように黄色の幟と黄色の小旗で、応援しています。


特に、毎年自分が応援していたその場所で、応援してもらえる喜びを、ぜひなーちゃんとミーパパに味わってもらえるように、今年も精一杯応援頑張ります。

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コメント

このメールのやりとり、あんまり覚えていませんが、変かもしれないけど、引き継いでくださってありがとうございます。
もともと、海実子さんが第1回の時にお誘いしくださらなければ、私があの場で応援していなかったと思うんですけど、あの時からの億例になりましたね。
友人はもちろんですけど、応援側から見ても、あ、あの人前も走っていたっていう人を見かけるということは、反対側もそうなのかなって。
だからあの幟には申し訳ないけど、拘らせていただきました(笑)

本当はね、東京は走らずこうやって応援でずっと行きたいなって気持ちもあるんです。
(ならエントリーしなくてもいいじゃんって感じですけど)
海実子さんが言うように、ホスト側でボラではなく、ランナーの力に少しでもなれたらって。
でも今回は、走ら瀬手頂きます。
あの38k地点がどんなものなのか、体験してみようと思います。
楽に走れたら、来年以降もっとあそこでは激を飛ばします。
苦しかったら、もっとやさしくなります(笑)

投稿: NA | 2011/02/11 12:20

◆NAちゃん◆

このメールが残っているお陰で、古い携帯が擦れられずに手元にあります(笑)

おかげさまで、なーちゃんや私の気持ちが、少しずつ周囲に伝わっているようで、
「いつものあそこに入るんでしょう?途中で寄るよ~」
とか、
「今年は合流させてもらおうかな~?」
とか、そういう声をかけてもらうようになりました。
私達がいる = 黄色い幟が立っている ということにもなりつつあります。
人様の小道具ですが、この日ばかりは私達の小道具にもさせてもらって。

以前話ましたが、応援と実際に走るのとでは、見える景色が違います。
たった1本のロープの内側と外側で、見え方、感じ方が違うのです。
それを是非、なーちゃんには経験して欲しいと、ずっとずっと思っていました。
内側の経験をしたら、今までよりももっともっと、応援をしたくなる。
応援でもっとランナーに力を送りたくなり、自分自身ももっと応援を楽しみたくなる。
そしてまた、その中で走りたくなる・・・という風に、気持ちが変化すると思います。
ずっと応援でもいいな・・・と思っていても、一度走る側を経験することは、絶対に良いことです。
自分でつかんだ運だもの、120%も150%も楽しんで走ってください。

晴れ女なんですよね~。
願わくは、曇り程度にして置いてください。
過去の経験から、あの日は晴れると、ランナーにとっては相当苦しいレースになります。
雨はもう・・・今年は勘弁して欲しいので(笑)、曇りがいいなと。

拘りは、多分、私達2人以外にも引き継がれていくはず。
来年以降が、また楽しみですよ。

投稿: 海実子(みみこ) | 2011/02/12 00:52

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