映画・テレビ

『 風が強く吹いている 』

私は映画館で映画を観るのが好きではない。
中学生の頃、アイドル映画を観るために、夜明け前から長時間並んで、ようやく映画館にはいって映画を観始めた頃から体調を崩し、風邪を引いてしまった経験があるからだ。
なので、前評判の良い映画でも、ほとんど観にいったことはない。
1~2年で1回くらいしか行かない。

そんな私が、なんとしても観ておきたいと思った映画がこれ。

『 風が強く吹いている 』 

である。

ランナー仲間の間では、発売と同時に話題になっていた原作本。
読書をあまり得意としない私も、一応買って読んでみた。
絶対に有り得ない!と思いながらも、そのストーリーにはまり、読み終えたときにはあたかも自分が走ったかのような、気持ちよさがあった。

その後、この本が舞台になった。
舞台でどんな風に、走る場面を再現するのか不思議だったが、公演を観にいったMさんによれば、トレッドミルをうまく使いながら、走りを表現していたらしい。
上演中に行く時間が取れずに、見送ってしまったことが悔やまれた。
そして、映画化されることを知り、上映されたら必ず行くと決めていた。

上映開始数日まえから、テレビCMが流れ始めた。
たった15秒のCMで、その走りに釘付けになる。
なんとキレイな走り方か。
その走りを、大きなスクリーンで観てみたい、そう思った。
調べてみると、近くの上映館は新宿と丸の内。
帰りのことも考えて、丸の内で観ることにする。

この時期に、どうしても観ておきたかった理由がある。
来週は、湘南国際でフルマラソンを走る。
最近、走ることのイメージが悪くなってきていた。
いつも異常に気持ちよく走れないし、マメができたり、短い距離で腿が上がらなくなったり。
そんな悪いイメージを払拭して、少しでも良いイメージを頭の中に叩き込んでおきたかったのだ。
人が気持ちよく走るシーンで、自分もそんな風に、気持ちよく走っているイメージを頭の中に作る。
苦しくなったらそれを少しでも思い出せるように。

初日の土曜日は残業だったので、翌日曜日に行くことにする。
やっぱり仕事帰りだったのだが、最終回の開始時間が6:45なので、充分に間に合う。

久々に映画館でチケットを買うので、少々緊張してしまった。
丸の内ピカデリーでは全席指定だったので、観易そうな席を選んだつもりだった。
実際入ってみると、ちょっと前過ぎたか。
スクリーンがあまりにもデカイので、2階席でも良かったかもしれない。

日曜日の夜の回ということもあってか、お客は少ない。
全体の1/3くらい? いや、1/4?
同じ列、隣には誰も座らなかった。

時間を気にしないよう、腕時計を外した。
あとどのくらいなんて、考えるだけで寂しくなる。
なので、予告編がどのくらいの長さだったのかわからないのだけど、たぶん30分くらいだったんじゃなかろうか。

・・・原作を読んだのはかなり前なので、ストーリーはうろ覚えになっていた。
それはわかっていたのだけれど、敢えて本を読み直しての復習はしなかった。
映画を新鮮に感じられるように、映画で話を楽しもうと思った。

ようやく始まった。
原作では、夜の街を走るシーンから始まったのではなかっただろうか。
しかし映画では、真っ赤な朝陽と広がる朝焼けの中、土手を走るシーンから始まる。
そして、食堂でのやり取りのあと、主役の二人が走り出し、やがて桜満開の川原を走るシーンになる。

朝陽にやられた。
ああ、こんな朝陽を見ながら走ったら、素晴らしい宝物を独り占めしているような気分で満足だろうなぁ。

そして、桜の下を走る二人の姿にやられた。
なんと気持ちよさそうに、なんと身軽に走るのだろう。
満開の桜の下を、こんな風に走ったら、きもちよいだろうなぁ。

満開の桜の下でなくても、あんなふうに身軽に、あんなふうに気持ちよさそうに走れたら、幸せに感じるに違いない。
しかし私は、身軽に、息も切らさずに、気持ちよく走れたことがない。
正直言って、羨ましいと思った。
私には、あんな風に気分よさそうに、走れることはたぶんない。
スピードを感じて、風を感じて、苦しくもなく気持ちよく。
いいなぁ・・・と思ったら、涙がでた。

走るって、そういうことなんだろうな、と思った。
スピードを感じて、風を感じて、気持ちよく。
それが幸せに思える。
そういうことなんじゃないかなと。

速くも楽にも走れないけれど、
自分
にとって気持ちよく、自分が風になって、スピードを感じられたら、
私もきっと幸せに思えるんじゃないだろうか。
そんな日が来ると良いなと思いながら、二人の走りを見ていた。

2時間の映画の中で、原作を忠実に追って行くのは難しい。
しかし、箱根駅伝へ向かって進んで行く過程は、ずいぶん上手く表現できていたように思う。
原作では、多くの仲間が 「絶対に、有り得ない」 と思った(私も同様に思った)箱根駅伝の本選出場権獲得を、観ていて 「ウレシイ」 と思ったのは、ランナーゆえか?
有り得ないことだけれど、有り得ないことをやり遂げてくれた達成感か?

『 長距離ランナーにとって一番の褒め言葉は 
 
強い」 だと思う 』

この言葉に、グッときたランナーは多いと思う。
私は、自分の弱さやずるさを、それでもそれなりに承知しているつもりなので、「強くなりたい」というよりは、「弱さを乗り越えたい」と思ってきた。
それがもう少し先に延びれば、「強くなりたい」になるのかもしれない。
がんばっている全てのランナーが、「強い」ランナーを目指しているのかもしれない。

一番好きな絵は、コレ。

Photo_2

襷が受け継がれるこのシーンには、色々な意味が込められていると思う。
渡す側の気持ちと、受け取る側の気持ちと、関わる者全ての気持ち、そして走ることの意味。
そういうものが、このシーンには詰まっているように思う。
(実際にこのシーンは、映画ではちょっと違うのですけど・・・)

走るってなんなのか。
私は考えないことにしている。
先ほど、
「 走るって、そういうことなんだろうな、と思った。
 スピードを感じて、風を感じて、気持ちよく。
 それが幸せに思える。
 そういうことなんじゃないかなと。 」
と書いたけれど、映画を観ていて感じたこと。


自分にとって、走ることとはなんなのか?
それは、皆それぞれ違うこと。
自分自身で感じれば良いことじゃないかな。

箱根駅伝本選のシーンで、R134号線を空撮している部分がある。
「ああ、浜須賀の交差点を越えて、もう少しで花水川レストハウスだ・・・。」
来週は、自分がココを走るんだ。
そう思ってみていると、空撮カメラは前方を映し出し、そこには大きくくっきりと富士山が登場した。
来週は、富士山は登場するだろうか?
でもそこを走るときは、映画のシーンを思い出し、気持ちよく走れていたら良いなという期待をしておきたいと思う。

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